ようやく太陽が昇ってくる。おれは目を細め、大きく深呼吸した。まだ部屋の中は薄青く、床にそのまま横たわる、あるいは銃を抱え壁にもたれたままの仲間たちは誰一人起きない。最近おれは疲れているのに、まったく眠ることができなかった。
時計を見る。時間だ。
「お兄ちゃん、アギエールの攻略できたっけ?」
キエラの声が響いた。毎日必ずこの時間、彼女はやって来る。
「どこででたやつだっけ、それ」
おれたち兵士は高性能デバイスを装備している。戦闘のつかの間の休み、おれと妹のキエラはずいぶん昔のゲームの話だ。
「最後の戦い!血しぶきがスローモーションで飛んで、壊れ方もすごいきれいだった」
彼女の感性にはついていけない。
「おれ見てない」
「ゼツボウ的にヘタすぎたよね」
「おまえみたいにずっとゲームしてるヒマなかったよ」
おれはキエラと母さんと3人暮らしだった。妹は中学途中から5年くらいヒキコモリで、いつも部屋のドアには、おれが買い物してくるメモが貼られていた。ラーメンや菓子、雑誌、DVDの名前、メモはいつも物のことだけ、内面の感情なんかないみたいだった。母さんはいつもおれを頼っていた。おれが働きだすと、自分の給料はパチンコに全部つぎ込んだ。買い物、朝晩メシ、電球切れた、テレビの録画どうするとか、なんでもやるのはおれだった。いまは男と暮らしているらしいが、風呂の天井のカビや掃除機の中の袋は、今もそのままかもしれない。
5日前、「やっと見つけた」とキエラの声を聞いたときは驚いた。おれたちの交信システムにハッキングするのはとても高度な技術が必要だったからだ。何してるのかと聞くと、「こういうタルい仕事」と彼女はくすっと笑った。
「いつもお兄ちゃん、ゴハン作ってくれたよね。ゴロゴロ石は嫌だったけど」と、キエラが笑った。焦げたハンバーグを食べてゴロゴロ石だと泣いたあの小さい頃のように、いまの妹は感情をちゃんとだす。
「じゃね、もう行かなくちゃ」
おれは時計を見る。キエラはいつもきっかり13分だった。太陽はすっかり形を見せている。
突然の閃光、爆音。壁と人が吹き飛んだ。“やつら”だ。瓦礫に埋もれて泣き叫ぶ仲間を引っ張りだそうとするが、びくとも動かない。“やつら”はおれたちの居場所を知っているかのように、確実に襲撃してくる。おれは仲間の手を離して逃げた。
本隊からはぐれたおれは、途中で合流したわずかな仲間と後退していた。基地に向かっている。そこには「金がいいから」と入隊を勧めた幼なじみのミクニがいるはずだ。
“やつら”とはもう2年も戦っていた。突然北極圏の上空に現れた雲のようなものがあった。それは生命体だった。最初は浮かんでいるだけだったが、そのうち地球上に適合させて送りこまれる兵士が現れた。人の形をマネてはいたが、顔は四面につき、すべての関節はどうでも動く奇怪さだ。恐ろしく醜い形相で、目が空洞のようで感情がなく、ただのコントロールされた道具だった。
だが、世間の日常生活は普通にあった。一般人に被害が及ぶことはなく、しだいに慣れた。ニュースでは死体の映像が流れ、おいしい店とか流行りのものとかが流れる。もはやおれたちや“やつら”は、娯楽となりネタと化した。
おれたちは日常とは関係のない辺境の地で、立って3分で食事をかき込み、“やつら”に銃弾を浴びせ続ける。丸一日と同じ場所に留まらず転戦していく。仲間をひきずり、泥まみれではいずりまわる。仲間たちは疲れ果て、雨の雫に当たろうと、ごつごつした岩を背にしようが、眠りを貪っている。眠ることで一瞬でもこの状況を忘れ去れるのならいい。おれは疲れながら、ずっと記憶を積み重ねていくだけだ。
また空が白々としてくる。この時間がいつも嫌だった。しんとしたこの世界にいるのが、まるで自分ひとりのような気分になってしまう。
「洗濯機、まだあのままだよ」
キエラだ。ほっとする。
洗濯機は水が漏れ、脱水の音がすごく大きかった。「早く買い替えないと」と母さんが文句を言っていた。誰が買うんだよ。おれの仕事の営業達成率は最低を更新し、カードを申し込むときは年収欄が7分類の前から2つめだった。さえないな、きっとおれはこれからもこんなもんだろうと思った。
「そうそう、夏休みにプール、毎日行ったよね」
「ああ」小学校の頃だ。
「私が飛び込んで、他の子に当たって怪我させたとき、必死に探したのに、お兄ちゃん、知らん顔して泳いでた」
「おれだって怖かったんだろ。2つしか違わないんだ」
「でも帰り道、私をぐんぐん引っ張って歩いたとき、その手がなんか、ごめんて言ってるみたいだったよ」
妹はまだ21なのに昔の話をする。
「プールの金網の向こうに見えたダリヤ、すっごいきれいだったな。真っ青な空にダリヤが黒いほど真っ赤だった」
おれは横たわる兵士の身体から広がっていく血を見つめた。
基地内にはミクニがいた。「久しぶり」おれは両手をのばした。が、振り向いた彼はものすごく驚いた。
「ムカイ!まさか生きてたなんて!」
ミクニとおれは同じ隊にいた。2週間前、彼の目の前でおれは“やつら”に撃たれ、彼は助けられず撤退するしかなかったと言う。おれは最初は冗談かと笑ったが、「覚えてないのか?」と言うミクニの真顔に笑みが消えた。兵士だった妹が捕われた情報があり、おれは無謀にも勝手に“やつら”に向って行ったという。おれは撃たれた記憶がない。傷だってどこにもない。それに妹が兵士?妹とは毎日話している。
ミクニはコンピュータを指した。人工衛星が映っている。「おまえの妹は、“やつら”が乗っ取ったこのスパイ衛星に組み込まれたんだ」
おれはぼんやりと、その衛星でおれたちの動きが捉えられているとかの話を聞いていた。混乱して頭が働かない。
「衛星を撃墜する準備はできてる」
ミクニがそう言うのだけははっきり聞いた。
「妹は…」どうなる?そんな話、嘘だ。
「残念だが、もう死んだんだ」
嘘だ。生きてる生きてる生きてるーー。
思わずそのまま走り出た。ミクニがなにか叫んだと思う。
キエラは18までヒキコモリだった。おれが無理やり頼み込んだコンビニにバイトにも行かせたが、すぐに客ともめごとを起こしてまた部屋にこもった。母さんはパチンコのために、おれの貯金にまで手を出した。おれはそのころ、仕事で発注伝票のケタを間違えて大失敗して、本当につらかった。「なんでいつもそうなんだ!それなら死ぬまでそうしてろ!」そう言っておれは家を出た。あとで、妹がコンビニでもめた客が、ヒキコモリの原因になったかつての同級生だったと知ったんだ。
なんでおれはいまそれを思い出したんだろう。なんでおれは最近まったく眠れなくなったんだろう。どんどん不安が広がる。
基地を出てずっと走った。走り続ける。
「部屋でひとりでいるの、つまんなかった」
白くなって来る空に、キエラの明るい声がした。おれは疲れていたが、意識は冴えたまま進み続ける。ミクニの話は本当なのか?
「だってそれじゃ私、別にいてもいなくてもいいよねえ」
息があがる。必死で足を前に運ぶ。妹は本当に兵士だったのか?
「おれと同じ仕事、選んだのか?」
「役に立ちたかった」すねたように言う。
「そんな仕事なら何でもあるじゃないか、看護士とか役所の何々課とか、ふれあいホームとか、不動産の事務とか」おれは早口でまくしたてる。
「不動産って」キエラが笑った。
「家探しのお役に立つだろ」
「お兄ちゃんの役に立ちたかった」
おれは言葉につまる。
「いっぱい迷惑かけたもんね。たった二つしか違わないのに」
背負うのが重かった。だから仕事も家族も全部捨てたんだ。おれは捨てたんだよ、キエラ。
「もう来るな、危険なんだ」
ミクニたちはいま、衛星に照準を合わせているだろう。だが、“やつら”を倒せば阻止できるかもしれないじゃないか。
おれは、身体が奇妙に感じた。視界が広がりつつある。
「まだがんばれる。メンテナンスの13分だけは、思い出が、まだ私を私でいさせてくれる」
「行ってくれ!」助けたかった。
一気に周りが見え、身体が奇妙な方向に折れ曲がった。そのとき、おれはようやく悟った。おれが、おれじゃなかったことを。
おれは今「人型」になり、4面に顔を持ち、自由に動く関節でより速く、より目的地へと機能的に動く。キエラの記憶移植は、衛星に人間の感情と記憶を学習させるためだ。今はよく分かる。“不眠者のおれたち”はここで生きるため、“記憶を身につけ”人間に似せたものをようやく作り出したんだ。
だが、道具じゃないーー。
記憶がそう言う。おれはトリガーにかけた指に力をためながら、待ち受ける“おれたち”に向って行った。そうだ、あのときのムカイと同じように。
「洗濯機でヘビ回したり、カエルのおしりにストローで空気入れたりしたよね」と、キエラが笑う。懐かしい思い出。
銃弾が左肩の肉をえぐった。反動で身体がのけぞる。
「ハンバーグボウリング最高だった。転がしてテーブルぐちゃぐちゃになったけど」
愛すべき思い出。銃弾が右足を貫通した。傾いて転びそうになる。
「ゴロゴロ石のときはうまくいって…」
彼女の楽しそうな声は、あっけなくぷつっと途切れた。
おれは前へとよろめきながら銃を撃つ。
「ごめん」
四面のこの醜い顔から、雫がこぼれ落ちる。
「ごめんな」
そう言うのがおれなのかムカイなのか、もはやわからない。おれはただ、自分と同じ姿たちを撃ち続ける。ずっと痛かった。傷じゃない。胸の真ん中がぎゅうっと潰れそうに痛かった。
ようやく太陽が昇ってくる。薄青い静寂の時間。時計を見る。おれはきっと毎朝、こうして彼女を待つだろう。漆黒の闇に散らばる衛星の破片。彼女は破片となってずっと地球を周り続ける。おれはそれをきれいだと思った。
まだがんばれるーー。
おれは目を細め、大きく深呼吸した。
時計を見る。時間だ。
「お兄ちゃん、アギエールの攻略できたっけ?」
キエラの声が響いた。毎日必ずこの時間、彼女はやって来る。
「どこででたやつだっけ、それ」
おれたち兵士は高性能デバイスを装備している。戦闘のつかの間の休み、おれと妹のキエラはずいぶん昔のゲームの話だ。
「最後の戦い!血しぶきがスローモーションで飛んで、壊れ方もすごいきれいだった」
彼女の感性にはついていけない。
「おれ見てない」
「ゼツボウ的にヘタすぎたよね」
「おまえみたいにずっとゲームしてるヒマなかったよ」
おれはキエラと母さんと3人暮らしだった。妹は中学途中から5年くらいヒキコモリで、いつも部屋のドアには、おれが買い物してくるメモが貼られていた。ラーメンや菓子、雑誌、DVDの名前、メモはいつも物のことだけ、内面の感情なんかないみたいだった。母さんはいつもおれを頼っていた。おれが働きだすと、自分の給料はパチンコに全部つぎ込んだ。買い物、朝晩メシ、電球切れた、テレビの録画どうするとか、なんでもやるのはおれだった。いまは男と暮らしているらしいが、風呂の天井のカビや掃除機の中の袋は、今もそのままかもしれない。
5日前、「やっと見つけた」とキエラの声を聞いたときは驚いた。おれたちの交信システムにハッキングするのはとても高度な技術が必要だったからだ。何してるのかと聞くと、「こういうタルい仕事」と彼女はくすっと笑った。
「いつもお兄ちゃん、ゴハン作ってくれたよね。ゴロゴロ石は嫌だったけど」と、キエラが笑った。焦げたハンバーグを食べてゴロゴロ石だと泣いたあの小さい頃のように、いまの妹は感情をちゃんとだす。
「じゃね、もう行かなくちゃ」
おれは時計を見る。キエラはいつもきっかり13分だった。太陽はすっかり形を見せている。
突然の閃光、爆音。壁と人が吹き飛んだ。“やつら”だ。瓦礫に埋もれて泣き叫ぶ仲間を引っ張りだそうとするが、びくとも動かない。“やつら”はおれたちの居場所を知っているかのように、確実に襲撃してくる。おれは仲間の手を離して逃げた。
本隊からはぐれたおれは、途中で合流したわずかな仲間と後退していた。基地に向かっている。そこには「金がいいから」と入隊を勧めた幼なじみのミクニがいるはずだ。
“やつら”とはもう2年も戦っていた。突然北極圏の上空に現れた雲のようなものがあった。それは生命体だった。最初は浮かんでいるだけだったが、そのうち地球上に適合させて送りこまれる兵士が現れた。人の形をマネてはいたが、顔は四面につき、すべての関節はどうでも動く奇怪さだ。恐ろしく醜い形相で、目が空洞のようで感情がなく、ただのコントロールされた道具だった。
だが、世間の日常生活は普通にあった。一般人に被害が及ぶことはなく、しだいに慣れた。ニュースでは死体の映像が流れ、おいしい店とか流行りのものとかが流れる。もはやおれたちや“やつら”は、娯楽となりネタと化した。
おれたちは日常とは関係のない辺境の地で、立って3分で食事をかき込み、“やつら”に銃弾を浴びせ続ける。丸一日と同じ場所に留まらず転戦していく。仲間をひきずり、泥まみれではいずりまわる。仲間たちは疲れ果て、雨の雫に当たろうと、ごつごつした岩を背にしようが、眠りを貪っている。眠ることで一瞬でもこの状況を忘れ去れるのならいい。おれは疲れながら、ずっと記憶を積み重ねていくだけだ。
また空が白々としてくる。この時間がいつも嫌だった。しんとしたこの世界にいるのが、まるで自分ひとりのような気分になってしまう。
「洗濯機、まだあのままだよ」
キエラだ。ほっとする。
洗濯機は水が漏れ、脱水の音がすごく大きかった。「早く買い替えないと」と母さんが文句を言っていた。誰が買うんだよ。おれの仕事の営業達成率は最低を更新し、カードを申し込むときは年収欄が7分類の前から2つめだった。さえないな、きっとおれはこれからもこんなもんだろうと思った。
「そうそう、夏休みにプール、毎日行ったよね」
「ああ」小学校の頃だ。
「私が飛び込んで、他の子に当たって怪我させたとき、必死に探したのに、お兄ちゃん、知らん顔して泳いでた」
「おれだって怖かったんだろ。2つしか違わないんだ」
「でも帰り道、私をぐんぐん引っ張って歩いたとき、その手がなんか、ごめんて言ってるみたいだったよ」
妹はまだ21なのに昔の話をする。
「プールの金網の向こうに見えたダリヤ、すっごいきれいだったな。真っ青な空にダリヤが黒いほど真っ赤だった」
おれは横たわる兵士の身体から広がっていく血を見つめた。
基地内にはミクニがいた。「久しぶり」おれは両手をのばした。が、振り向いた彼はものすごく驚いた。
「ムカイ!まさか生きてたなんて!」
ミクニとおれは同じ隊にいた。2週間前、彼の目の前でおれは“やつら”に撃たれ、彼は助けられず撤退するしかなかったと言う。おれは最初は冗談かと笑ったが、「覚えてないのか?」と言うミクニの真顔に笑みが消えた。兵士だった妹が捕われた情報があり、おれは無謀にも勝手に“やつら”に向って行ったという。おれは撃たれた記憶がない。傷だってどこにもない。それに妹が兵士?妹とは毎日話している。
ミクニはコンピュータを指した。人工衛星が映っている。「おまえの妹は、“やつら”が乗っ取ったこのスパイ衛星に組み込まれたんだ」
おれはぼんやりと、その衛星でおれたちの動きが捉えられているとかの話を聞いていた。混乱して頭が働かない。
「衛星を撃墜する準備はできてる」
ミクニがそう言うのだけははっきり聞いた。
「妹は…」どうなる?そんな話、嘘だ。
「残念だが、もう死んだんだ」
嘘だ。生きてる生きてる生きてるーー。
思わずそのまま走り出た。ミクニがなにか叫んだと思う。
キエラは18までヒキコモリだった。おれが無理やり頼み込んだコンビニにバイトにも行かせたが、すぐに客ともめごとを起こしてまた部屋にこもった。母さんはパチンコのために、おれの貯金にまで手を出した。おれはそのころ、仕事で発注伝票のケタを間違えて大失敗して、本当につらかった。「なんでいつもそうなんだ!それなら死ぬまでそうしてろ!」そう言っておれは家を出た。あとで、妹がコンビニでもめた客が、ヒキコモリの原因になったかつての同級生だったと知ったんだ。
なんでおれはいまそれを思い出したんだろう。なんでおれは最近まったく眠れなくなったんだろう。どんどん不安が広がる。
基地を出てずっと走った。走り続ける。
「部屋でひとりでいるの、つまんなかった」
白くなって来る空に、キエラの明るい声がした。おれは疲れていたが、意識は冴えたまま進み続ける。ミクニの話は本当なのか?
「だってそれじゃ私、別にいてもいなくてもいいよねえ」
息があがる。必死で足を前に運ぶ。妹は本当に兵士だったのか?
「おれと同じ仕事、選んだのか?」
「役に立ちたかった」すねたように言う。
「そんな仕事なら何でもあるじゃないか、看護士とか役所の何々課とか、ふれあいホームとか、不動産の事務とか」おれは早口でまくしたてる。
「不動産って」キエラが笑った。
「家探しのお役に立つだろ」
「お兄ちゃんの役に立ちたかった」
おれは言葉につまる。
「いっぱい迷惑かけたもんね。たった二つしか違わないのに」
背負うのが重かった。だから仕事も家族も全部捨てたんだ。おれは捨てたんだよ、キエラ。
「もう来るな、危険なんだ」
ミクニたちはいま、衛星に照準を合わせているだろう。だが、“やつら”を倒せば阻止できるかもしれないじゃないか。
おれは、身体が奇妙に感じた。視界が広がりつつある。
「まだがんばれる。メンテナンスの13分だけは、思い出が、まだ私を私でいさせてくれる」
「行ってくれ!」助けたかった。
一気に周りが見え、身体が奇妙な方向に折れ曲がった。そのとき、おれはようやく悟った。おれが、おれじゃなかったことを。
おれは今「人型」になり、4面に顔を持ち、自由に動く関節でより速く、より目的地へと機能的に動く。キエラの記憶移植は、衛星に人間の感情と記憶を学習させるためだ。今はよく分かる。“不眠者のおれたち”はここで生きるため、“記憶を身につけ”人間に似せたものをようやく作り出したんだ。
だが、道具じゃないーー。
記憶がそう言う。おれはトリガーにかけた指に力をためながら、待ち受ける“おれたち”に向って行った。そうだ、あのときのムカイと同じように。
「洗濯機でヘビ回したり、カエルのおしりにストローで空気入れたりしたよね」と、キエラが笑う。懐かしい思い出。
銃弾が左肩の肉をえぐった。反動で身体がのけぞる。
「ハンバーグボウリング最高だった。転がしてテーブルぐちゃぐちゃになったけど」
愛すべき思い出。銃弾が右足を貫通した。傾いて転びそうになる。
「ゴロゴロ石のときはうまくいって…」
彼女の楽しそうな声は、あっけなくぷつっと途切れた。
おれは前へとよろめきながら銃を撃つ。
「ごめん」
四面のこの醜い顔から、雫がこぼれ落ちる。
「ごめんな」
そう言うのがおれなのかムカイなのか、もはやわからない。おれはただ、自分と同じ姿たちを撃ち続ける。ずっと痛かった。傷じゃない。胸の真ん中がぎゅうっと潰れそうに痛かった。
ようやく太陽が昇ってくる。薄青い静寂の時間。時計を見る。おれはきっと毎朝、こうして彼女を待つだろう。漆黒の闇に散らばる衛星の破片。彼女は破片となってずっと地球を周り続ける。おれはそれをきれいだと思った。
まだがんばれるーー。
おれは目を細め、大きく深呼吸した。
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