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いちばん最初にAIに触れたのがチャットGPTだった。おもしろがって試にいろいろ打ち込んでみた。仕事のやり方での提案も聞いたら、1,2,3と項目をたてて、提案してくれた。くれたんだが、いわゆるありがちな提案で、いろんなところからとってきて切り張りしたような感じだった。なんの斬新さも新しい視点もなかった。聞き方が悪かったのか?次いで、小説のプロット、あらすじ、人物像を入力、どう展開するか聞いてみた。「さすがですね」「素晴らしい話です」「大変創造性あふれる見事な切り口ですよ」など、ものすごいほめ方で、まるで自分が天才かのようである。さらに「そこからどう掘り下げますか?〇〇方向に?〇〇の方に重心をおいてもいいですね。良ければ、掘り下げてみましょうか?」などと提案してきた。やってみてと書くと、第1章「〇〇の△△」とかタイトル付きで、第8章くらいまで勝手に展開をつくってきて、思わず笑った。自分が細かいこと書いてなかったこともあるが、「いや、そっちじゃないケド‥」の方向に張り切っていた。「いや、タイトル、そのセンスはないて」とか、ツッコミつつも楽しく読ませてもらった。で、お次は自分の構想を細かく打ち込み、このエピソードを掘り下げてみてと聞いてみた。すると、けっこうベタな自分では決して書かないであろう展開エピとなる。ほおほお。すげーな。一歩間違えたらメンヘラやん。などと、自分は偏見まる出し感想。でも、自分には絶対ない感じだったので、1つの小説の一部に参考にさせてもらいアレンジしてみた。その後もGeminiやCopilotも試してみたが、どれも賛美を惜しまない忖度を見せ、自分は鼻高々である。ネットでありとあらゆるものを拾い集め、それをつぎはぎしてみました感。結局個性を失くし、平均化し、よくありがちなものとなる。データ検索がすぐできるしか取り柄がないんだし、仕方がない。しかも個人的なこととか聞くと、情報漏れそうだし、どうでもいいけど聞いてみようくらいの生活便利帳的な使い方がいいんだろう。ゆくゆく汎用知能AGIや人工超知能ASIで人類をはるかに超えていく頃には、どういうお答えしてくれるんだろうな。わざと人間ぽく「あれ?忘れました」とか言っちゃったりして。それはそれで計算されてるシステムなんでこわいけど。あ、最新の研究では、AIも学習していくほど、増えた情報に対しての論理のつながり方が複雑になったり、矛盾がでたりで、「老化」するらしいから、素で忘れることもあるかも?PR
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Googleは、スマホと連携し、翻訳アプリでリアルタイム同時通訳機能を提供しているというニュースを見た。すごいな、外国語覚えなくても、理解し合えるんだと思ったが、ちょっと別のニュースも気になった。
人工知能が訳せない日本語がある。例にあったが「行けたら行くわ」。確かにこの言葉の意味合いは、時間や都合がつけば行く、気が変わったら行く、興味がないから行かないなど、微妙に行く確率が変わるパターンが考えられる。または話し合いの中での無言や、そうですね、といった曖昧な反応。会社の会議なんかでよくあるやつだが、これは通訳どうするんだろうか。無言は無視され、そうですねは肯定的に捉えられると思う。日本人同士だと、そうじゃないんだけどね。その状況でニュアンスが、言わなくてもみんなわかってる。
そこで調べると、日本語はハイ・コンテキスト(状況・文脈)文化なんだそうな。空気を読むってことか?うーむ、確かに互いに空気読み合いだもんねえ。
歩いてるだけでも。一本の道で向こうからやってくる人がいたら、おのずと見たとたんにかわす準備に入る。歩くサイドをどちらかに寄る。たぶん、向こうからくる人も同じように察している。そして、近づきすれ違うときにどうするか、なんとなく相手を読もうとする。雰囲気的に視線を合わせて挨拶しそうか、知らん顔か、それともなんとなーく首くらい傾けるか、いろいろ無意識に探るのである。最悪なのは相手が挨拶したのに、こちらが無視したように通り過ぎてしまった後だったりする。だから、それは避けたいからなんとなく微妙な会釈なり、首かっくんなり、先に少しだけ反応しておくのだ。それなら最初から大声できっぱりとこんにちは!と言えばいいじゃないかと言う感じだが、日本人は、そこはなんとなくできないのだ。浮きまくったら嫌だし。あと、そんなハイテンションの人はあまりいないし。
書いてて思ったが、こういう脳内展開は、ほんとうに無意識にやってる。子供のころから「鍛え上げられた技」だ。だから状況・文脈って日本語のキモなんだろなあ。
ひらがな、カタカナ、漢字、音読み・訓読み、同じ漢字が使い方で読みがいろいろ違う、数え方がものによって違う、関係性で表現変わるわ、謙譲語、尊敬語とか使い方わからない、など、こんなにいろいろあるのに、そのうえ沈黙やら曖昧やらそこを察しなければいけないという、日本人はAIでもわからないくらい大変な日本語を、よく駆使しまくっているよなと、改めて感心したとこ。 -
ニュースで見た日本企業の「人材投資」対GDPグラフにびっくりした。OJT(実際の職場で実務を通して習うこと)以外の人材投資が激しく低いのだ。米国は1995年からの時系列でも伸びていて2.08%と圧倒的に高く、フランス、ドイツ、イタリア、英国も1%台。英国は95年は米国よりも高かったが、いまや半減。日本はといえば、なんと0.1%と圧倒的に少ない。95年も低いのが、さらにどんどん低くなっている。どん詰まりである。給料は安く抑えられ、非正規増やし、人材に金をかけない状況がずいぶん前から変わりないが、人材に重きを置いてないということなんだろう。で、いくらオリエンテーションやら、教育したところで、業種にもよるだろうが、新入社員のかなりの比率が1年以内でやめる。まったくコスパが悪いとはこのことだ。人材への教育自体にも大問題がある。会社は思いついたように教育機会を持つと、わざわざ出張させ、そこに時間と金をかけるはいいが、学習、課題提出など、やった感だけはある。なんせその教育セクションはそれが役割だから、こんなことしましたというのが、評価となるからだ。しかし、実際、自分も様々な教育、研修を受けまくった、その経験からでしか言えないが、まず、その研修が実務に役立ったためしがない。絵に描いた餅そのものなのだ。本に書かれた理想的理論を学習したところで、実務で使いようがない。まず、上とそういうものを共有していない。自分の判断でできることなど限られてる。実務レベルに落とし込んだら、仕事が終わらない。こうして、課題も机上の空論をさも実践しましたかのように書いて提出するのだ。バカみたいやなあと思っていた。企業の運営責任者たち自体が、自分たちの仕事の本質をスルーして、こういう学習が役立つとみんな根拠もなく思ってる。結局、慣例だからとか、うまくいってるからとか、変化することを嫌っているとしか思えない。だから、本気で人材の才能を引き出そうとは全く思ってないのだ。下の役職のものが、上に提案することなど、文句を言ってるとしか思われないような企業風土。風通りが良くないよな。いまどきないやろとは思うが、それでもやはりいまどきでも、現実、上にはイエスマンで「かわいがられ」ないと出世はできない。若い世代ほどそういうのがほんとに嫌で、わからないだろなと思う。今後はみなさん、ますます長い年月、働き続けていくだろうと思われるが、転職したくても、年齢が上がるほど、たいていが転職したら年収が下がる。家族を背負っていると責任というものがついてまわり、自分で起業して稼げる人でない限り、我慢し続けていくしかない。会社が人を解雇するハードルが高いのと、社会の労働市場の流動性のなさが表裏一体となっている。閉塞的安定の名のもとに、円の価値は下がり、仕方ないと言いながら、みんなで静かに貧しくなっていく。日本人が最も社会人になってから勉強しないというが、そりゃそうもなるだろうと、納得しかない。