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またもや、アメリカのドラマの話の続きだが、アメリカは警察も半端ない。そりゃ、命がけやからな。犯人と接触するときの異様な緊張感は、銃社会ならでは。ドラマで見る感じでしか言えないけど、こういった職業は本当に割に合わない感じがしてしまう。ドラマじゃ、重大犯罪発生となると、ほとんど寝ずに事件を追ってる。だからそういう職務で家庭崩壊もドラマではありがち。どう見ても、家の事より仕事に人生捧げてる感じ。よほどの使命感がないと、日本とは比べ物にならない犯罪の多さ、凄惨な現場、ストレスやトラウマで精神的にやられてしまいそうな感じだ。危険度が違いすぎて、どうしても犯人を見つけないと、被害者が増えてしまう恐れとかあり、めぼしい情報が入ると、疑わしきは訊問や逮捕、すっかり犯人扱い。違ってたら、次に判明した疑わしい容疑者へと、疑惑はすばやく移っていく。いや、日本なら、参考人なら、完全犯人扱いな、ひどい物言いはできないと思う。疑われるだけでも、犯人でないならかなり文句言うだろうし、そもそも犯人扱いされただけで、社会的デメリットが大きい。アメリカドラマでは、出頭時点で、すごいあからさまな犯人扱いのひどい言いかたされて、ブチ切れないのか?確かに怒ってるが、アメリカ人らしいはっきりもの言う通常運転みたいな感じだ。とにかく外向き、アグレッシブでパワフル。ドラマみるだけでも、いろいろ考え方、表現、人との付き合い方、距離感などの違いがあって、興味丸出しになる。なんか、人がどう思おうが、関係ない、気にしない。すべて自分主体の考え方。日本の察しの文化とはまったく違う、多民族ならでは。だから、ぶつかりもするし、多様性の自由さ、ダイナミズムもうまれるんだろうな。って思うくらい、アメリカの警察ドラマには、まるでアメリカンフットボールみたいな力強さと、タフな精神の仕事力を感じるのだった。あ、でもドラマなら面白いが、実際は日本の警察の方がいいかね。時には、日本のサッカー勝利に沸く渋谷交差点でロープをごていねいにはり、いちいち気を付けてという親のように世話を焼く警察ではあるが。PR
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low&order性犯罪特捜班というアメリカの連続ドラマ見てるんだが、その裁判制度にびっくりした。これぞカルチャーショック。
なんてのか、カジュアル。犯罪多いんだろうね。あっさり終わり、はい次!って感じ。しかも陪審員制度。日本なら裁判員制度。その陪審員になる人たちは、おそらく日本よりはるかに多様性があり、価値観、考え方も日本人なら平均化することも、まちまちだ。いわゆる「常識」で片づけられない。しかも陪審員に訴えないといけないから、弁護士がいろいろ法を解釈で、攻めまくってせめぎ合う。まず日本では見られない攻撃的なアグレッシブ弁論だ。陪審員の意見が一致しなければ不成立で裁かず終わるし。
例えばいかにも悪人で、確かにそいつが人を殺した事実があろうとも、警察の証拠の扱い方、犯人への尋問の仕方、弁護人のつき方によって、無罪になる。
マフィアが検察や判事を脅し、殺したりする。下っ端が殺されることにおびえ、トップの身代わりに犯人になる。検察官が狙撃され、新聞には死亡とでたが、実は保護されてどこかへ行く。検察には戻れず、証人保護プログラムみたいに別人になり生きていくことになる。ドラマだが、証人保護プログラムは本当だ。そこまでしないと命にかかわるとかやばすぎる。
逆に同情するべき正当防衛ともいえた人に、検察側もわかるから2級殺人で認めたら、懲役5年から10年ですむと提案するが、当人は私は無実だ。陪審員もわかってくれると無実を訴える。ところが評決は有罪で、1級殺人として終身刑。すごい落差。
日本はどうだろう。ドラマじゃないが、日本の刑事裁判における起訴後の有罪率が約99.9%は事実らしい。それって起訴段階でほとんど有罪確定されてるってことだ。これってどうなんだろう。どういうことなんだろう。起訴が重々しいのか、起訴なんてごく普通にしょっちゅうあるアメリカのカジュアル感がおかしいのか。アメリカと日本、まるで違う。正しさとは、罪とは、とても混乱している。まあ、ドラマなんで本当のとこは知らないが、まったくあり得ないことはドラマにはしないだろうとも思う。
確かに言えるのは、どうであれ、人が人を裁くことは本当に難しいってことかな。 -
いちばん最初にAIに触れたのがチャットGPTだった。おもしろがって試にいろいろ打ち込んでみた。仕事のやり方での提案も聞いたら、1,2,3と項目をたてて、提案してくれた。くれたんだが、いわゆるありがちな提案で、いろんなところからとってきて切り張りしたような感じだった。なんの斬新さも新しい視点もなかった。聞き方が悪かったのか?次いで、小説のプロット、あらすじ、人物像を入力、どう展開するか聞いてみた。「さすがですね」「素晴らしい話です」「大変創造性あふれる見事な切り口ですよ」など、ものすごいほめ方で、まるで自分が天才かのようである。さらに「そこからどう掘り下げますか?〇〇方向に?〇〇の方に重心をおいてもいいですね。良ければ、掘り下げてみましょうか?」などと提案してきた。やってみてと書くと、第1章「〇〇の△△」とかタイトル付きで、第8章くらいまで勝手に展開をつくってきて、思わず笑った。自分が細かいこと書いてなかったこともあるが、「いや、そっちじゃないケド‥」の方向に張り切っていた。「いや、タイトル、そのセンスはないて」とか、ツッコミつつも楽しく読ませてもらった。で、お次は自分の構想を細かく打ち込み、このエピソードを掘り下げてみてと聞いてみた。すると、けっこうベタな自分では決して書かないであろう展開エピとなる。ほおほお。すげーな。一歩間違えたらメンヘラやん。などと、自分は偏見まる出し感想。でも、自分には絶対ない感じだったので、1つの小説の一部に参考にさせてもらいアレンジしてみた。その後もGeminiやCopilotも試してみたが、どれも賛美を惜しまない忖度を見せ、自分は鼻高々である。ネットでありとあらゆるものを拾い集め、それをつぎはぎしてみました感。結局個性を失くし、平均化し、よくありがちなものとなる。データ検索がすぐできるしか取り柄がないんだし、仕方がない。しかも個人的なこととか聞くと、情報漏れそうだし、どうでもいいけど聞いてみようくらいの生活便利帳的な使い方がいいんだろう。ゆくゆく汎用知能AGIや人工超知能ASIで人類をはるかに超えていく頃には、どういうお答えしてくれるんだろうな。わざと人間ぽく「あれ?忘れました」とか言っちゃったりして。それはそれで計算されてるシステムなんでこわいけど。あ、最新の研究では、AIも学習していくほど、増えた情報に対しての論理のつながり方が複雑になったり、矛盾がでたりで、「老化」するらしいから、素で忘れることもあるかも?