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いい加減なやっちゃなと思われてるだろう。生まれついてのいい加減だったわけではない。小学校低学年までは、確かに自由奔放なサルのような野生児だった。だが、高学年になってくると、そのあたりからまわりの目が気になってくる。友達との密度も大人よりなんか濃い。で、一度友達を悪気はないのに傷つけてしまった。そのときは、大いにショックで、それ以来、傷つけることが怖くなり、自分をあまり主張しなくなった。そこから思春期突入とともに、ますます主張しない、深入りしない、自分の意見を言わない難しいお年頃になる。悩むのだ。自分の考えを言うことが、相手を傷つけてしまう、それは悪いことなのか?たとえ嘘であっても、相手を思っての嘘なら、それの方がいいのだろうか?とまあ、大真面目である。元がサルのような野生児特性なんだから、そりゃあ、自分の中でも矛盾、人格乖離しがちな困惑があったろう。子どもならではの青臭い悩み方が、振り返ると、逆にそれが特権のようで羨ましくもある。大人になって、仕事をしはじめ、あるとき、はたと気づく。悩んで解決することなら悩めばいいが、解決しないことをくよくよ考えても仕方ないやん。昔の「筋肉少女帯」の歌詞に“泣いて死んだ恋人が蘇りますか?”というのがあった。まさしくそれだ。悲しいのは仕方がないが、泣いても状況はまったく変わらない、真理だ。世の不条理にもまれ、対人関係も利害関係が生まれ、上からの指示は嫌でも何でもやらされ、ババひいたような仕事押し付けられ、抗いようもなく荒波に流され、浮いたり沈んだりした“成果”である。子どものころのあのきれいな悩みなど、果てしなくとおぉーくへ消え去った。変なもので、仕事のときとプライベートとはまるで二重人格のように違った。どうしても仕事は役職とかつけば、“責任感”という名のもとに、まわりを仕切りたおすしかないとばかりに、リーダーシップを発揮する自分がいる。本来、全然そんなタイプでない。一人でほっといてほしい、何事もひとりで勝手にするのが好きなのだが、チームとしてやらなければいけないからには、豹変するのだ。チームの業績のためには、上司にさえ、言うべきことは言いまくる自分がいた。かつてのセンシティブな(笑)悩んで引っ込んでいった子どもはどこに行った?そして、疲労感の果てに、解決しないことは考えても仕方がないに至ったわけだ。人を変えることはできない。自分が変わるしかない。プライベートでは、どんどんこだわりをなくしていく。こだわることは自分自身だけの、これだけはと思うものでいい。相手がいるときは、相手に近づく。執着しない生き方がきっと楽でいいよなと思う。そういえばサルのような野生児の頃も、執着しなかった。目の前の楽しいことだけ、上っ面を滑った。軽い。重荷が嫌いなだけだと思う。それが、物を持たないふらりと旅することへの憧れにつながっているんだろうな。こだわることがいいという人ももちろんいる。人によって意見はいろいろ。自分はできるだけ適当に、ものすごく良く言うと、フレキシブルに生きたい。なんていうポジティブ思考!だが、人生は一度きりなんじゃー!上を向いて楽しく、何事も適当に決めつけないで生きる方が断然いいと自分は思ってる。PR
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19世紀末のオーストリアの画家だ。この画家を初めて知ったのは、絵葉書を見たときだ。色使いがきれいで、なにげなく手に取った。現代のイラストレーターの作品かと思った。まさかずいぶん昔の、ある程度名前の知られた画家とは思わなかった。それくらい古さを感じなかったからだ。他の絵もいろいろ見たが、ずいぶんと自画像が多い。かなりナルシスティックだが、それは直線的な絵の感じも相まって、おのれへの関心も、ギスギスした痛々しいまでのえぐるような見方だった。自分のどこに、そんなに関心を持ち続けていたのだろうか。彼はクリムトに憧れ?みたいなものがあったようだが、クリムトはあまりに彼とは正反対。クリムトは自画像は描かなかったし、きれいで華麗に女性を描いた。対してエゴン・シーレは笑ってしまうくらい、語弊を恐れず言うと、変態的なまでに女性も、自分も生々しいリアルな表現をしている。クリムトのようにとは、本人自体がわかってなさすぎる。無茶すぎるだろと笑ってしまった。どこにもみじんもクリムト要素はない。だが、有名なクリムトより、個人的にはずっとエゴン・シーレの絵が大好きだ。クリムトの絵が寝室とか居間に飾ってあったらとても合うだろう。エゴン・シーレの絵は不安を感じさせる。今でも衝撃的にパンクな絵だと思う。しかし、彼の風景画となると、いきなり静かな、暗い、寂しい、でも繊細な色使いが美しい表現に変わる。その彼の心象の幅にずっと興味を抱いている。
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もともと、眠れないということがない。
あ、翌日の仕事のことを考えて、眠れなくなったことは数回はある。翌朝はぼーっとして、ほどよく緊張はとける利点はあるが、眠い。
でも寝そべってからの少しの間の手持ち無沙汰感あり、この間に、少しでも何か役立つことがないかと考える効率厨、最初はNHKラジオ英会話やってみた。英語が喋れるようになるかもしれんわと、リピートアフターミーでつぶやきながらやってみた。全然効果なかった。英語の勉強が。最初でもう記憶ない。爆睡だ。
次に試したのは、勉強でなく、ヒーリング的なもの。音響効果?いろいろ面白がって試してみたが、雷、大雨、鳥の声、豪風、ジャングルとかそんな音はあまりにも落ち着かない。
落ち着かないで思い出したが、朝、仕事前にモーニングを食べに店に入った。ゆっくりネットでニュースや株情報でも見ながら、コーヒーを飲む落ち着いたひとときを…。しかし、店でのBGMがSLのしゆっぽっぽ走る音に警笛が鳴る、その後には「剣の舞」。全く気になって落ち着けない。音楽に異様に集中した。これが朝の落ち着くひとときになると、誰が思うのか。
その日は頭の中で「剣の舞」がリフレイン。顔が半笑いだったのが、バレてはなかったと思う。
全く落ち着かないのはなぜか考えてみると、よく眠れるのは規則正しい音だ。列車の走る、しゆっぽっぽではないカタコトカタコトと線路の音、そして寄せては返す波、同じリズムの繰り返しだ。
波の音にした。しかも、はやめは気ぜわしいため、最も遅いゆっくりの波の音にした。いいぞと思ったが、それも最初でもう記憶ない。頑張って調整する意味ない。
飽きてしまい、とうとうプロジェクターを買い、天井に映して配信やネットを見るという暴挙に出た。
これは逆に眠れなくなるのではないかと思ったが、やはり途中で寝落ちして、夜中に明るさで目が覚める。まずい。結局、プロジェクターが壊れたし、明るいのが良くないとやめた。
そして今、youtubeの“睡眠用”というタグのついた、AIが静かに、さあ眠気がきますよ的に一本調子で語ってくれるものを聞いているが、お気に入りは宇宙関連。リアルここまでわかった現状解説から都市伝説まで網羅する。
量子レベルから宇宙の果てとはまで、ありとあらゆるものがあり、おもしろそうだ。聴くと講義でも聞いてる気分になる。都市伝説もこうならおもしろいなと思わせてくれて楽しいし、これはこれまでよりは長く聞けた。が、結局寝落ちする。
これでは睡眠用を聞く意味がない。あ、あるのか。え?
これだけはわかった。
すぐ眠れる人間には、睡眠に効くものなどはない。