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大河ドラマになるニュースを見た。高知県土佐清水市にある、ジョン万次郎資料館へ行ったことがある。なんと名誉館長がビビる大木さん。なんで?ジョン万と言えば、資料館そばの銅像が衝撃だった。突っ立ってる大人のジョン万ではなく、漂流して流れ着いた島で、海に船を見つけた瞬間を切り取った少年ジョン万、背景には沸き上がる波!その動的な瞬間像はまさしくフィギュア!素晴らしかった。高知県の銅像のいくつかはアグレッシブですごい。良かったのは隈研吾の建物で有名な、梼原町にある維新の門という梼原町ゆかりの6志士、坂本龍馬、澤村惣之丞合わせた8人の群像の銅像、高知市の桂浜近くの長宗我部元親像など、本当にポージングの躍動感がかっこいい。誰が作ったのか調べると、やはりどれも作者は濱田浩造。この人はなんと、「県内主要の偉人像25体を制作した高知を代表する銅像作家」だそうです。で、ジョン万の話に戻ると、この人はすごい。なにがって、漂流して無人島で5か月近く、アメリカの捕鯨船に助けられ、日本は鎖国だったので、アメリカに渡り、ジョン万は船長に気に入られ養子となり、学校で、英語・数学・測量・航海術・造船技術などを学んだ。そして、卒業後は捕鯨船に乗り、帰国資金を得るためにゴールドラッシュの起こっていたカリフォルニア金鉱へ。そこで大きい船から海岸に渡るための小舟を購入し、日本へ密入国。すごい人生。冒険感がすごい。漂流しなければ、彼は普通に土佐の漁師で終わっていたはずだが、漂流し、アメリカの船に助けられて彼の人生は全く変わった。しかし、何がすごいって生命力はもちろん、前向きな情熱や決断、自分で切り開いていける聡明さを感じる。捕鯨船でそのうち彼がいちばん早くクジラを見つけることができたという話も、努力と実行ができる気質があってこそ。だから船長に気に入られたんだろう。彼を養子にして、学校にも行かせた、偏見のない人格の持ち主の船長に出会えたことも運命の分かれ目だった。最初はたまたま漂流して、英語が話せるようになった人みたいな程度の知識だったが、ゴールドラッシュまで金探しにいっていたその行動力に唖然。資料館ではジョン万がはいていたであろうデニムのレプリカがあった。鎖国している日本に密入国までして戻ってきたのは、ただ母親に会いたかったためらしい。なんせ14歳で別れてるし、感動の再会だっただろうね。この胸アツ展開を大河ドラマでやってくれるのは、とてもうれしい。これまでにない海やアメリカが舞台となる。アドベンチャーものじゃないか。ドラマの大半をそこに充ててほしいくらいだが、帰国してからも、坂本龍馬にも影響与えたらしいしなあ。ともあれ、ものすごく期待している。PR
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スーパーへ買い物に行くと、最近特に、惣菜コーナーで割引シールを貼られているのを見かける。昼頃に行ってもだ。貼る時間が早くなっている。売れ行きが前より悪くなっているのかと思う。確かに1人だと惣菜は便利だが、家族が多いとこの値段なら、買い控えるのではなかろうか。コンビニのおにぎりもかなり高くなり、スーパーで買った方がはるかにマシだ。インバウンドでは、外国の人たちは日本が安くて美味しい、コンビニ卵サンドがおいしすぎる、安全だ、静かだといろいろ声がある。それを聞くと、日本人としてうれしいというより、海外がどんだけやばいんだろと思ってしまう。水道水を普通に飲む。水道水飲めるのは世界で9か国だけだ。時間どおりが当たり前、子どもがひとりでも通学できるのが当たり前という、その日本のあたりまえが、海外では普通じゃないことが驚きだ。日本はルールを守る、体系的な国だけど、それは、自分が守れば、結局それが自分の便利さ、効率の良さにかえってくるからだ。みんながそうすることで、すべてがスムーズに効率的にまわる。海外はどちらかというと、そういう守ることより、自分の意思を優先する方が多いのかね。日本だけで完結できるなら、この状態をキープしてほしいが、いまや世界とすべてが複雑につながっているから、ややこしい。だから円安も困るし、石油が滞るのも困る。例えばイスラエル・アメリカとイランの戦いとか、はっきり言ってよくわからない。距離も遠いし、ほとんどの人がイスラエルやイランは知らないと思う。欧州だって区別つかない。上空にミサイルが飛んでくるのは、まったく実感としてわからない。画面越しで現実感がない。イスラエルのあのへんは紀元前からの宗教的戦いだし、そんなものに介入などできようか。民主主義とか言われた時代は終わろうとしている。明らかに力を振りかざして、経済をも政治化して人質にする混沌とした時代。願望を言えば、もう中堅国の平和に商売して穏やかに暮らしたい国々だけのサプライチェーンをつくり、その中で搾取でなく、お互いに利益があるそんな繫栄圏ができればなあと思う。大国の力と意思に対抗できるだけの、他国との信頼というつながりや、自国の優位な産業を保持すれば、できないバランスではないと思うよ。ぶっちゃけ、あと2年は我慢?しかし、最近の分きざみでコロコロ変わる思いつき言動は、大国の大統領としては不安しかない。世界はどこに向かってんだろう。
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ナースコールという映画の予告編を見た。
急性期病棟の看護士の1日みたいな感じを、まるでドキュメンタリーかのように、リアルに映していた。人員不足のなか、瞬時も気を抜ける間もなく、次から次へと起こる事態にプロとして対応していく。一人の看護士の仕事ぶりだ。それでもそれなりに人としての対応もしつつ、時間に追われ、やるべきことに追われ、医師には案件を放り投げられ、患者には罵倒され、それでもひたすら職務をこなしていく。目の前にあるから、もうやるしかないのだ。
外国の映画だが、日本の医療現場も似たようなもんだろう。コメントが共感の嵐だった。オフの日にもナースコールが頭の中で鳴るとか、自分がすり減りやめるしかなかったとか、いろいろな自分のことをみんなが語っていた。心が痛いというか、プロとして頑張るほどにきつい。
考えてみたら、普通の商売のサービス業とかでも、客相手にいろいろある。精神労働と言われる。本来の仕事より、客や職場の人間関係で仕事から離れる人が多い。私の勤めていたとこもそうだった。
それからしても、人の命にかかわる看護士はさらに精神労働過剰だろう。他にも介護士、救急車の人、教師とかそのほかにもいろいろな職業で、人に密接に関わるほどに、そのストレスは比例していくだろうと思う。
人員不足だが、募集してもこないから仕方がない。人手がなくても、それを暗黙でカバーするしかない。組織や上層部はわかってるのに見ないふりをする。今はどこも人手不足で、そんなことは常態化してる。最近、日本でいろいろ細々と、以前なかったような凡ミス事故があったりするのも、人手不足が遠因ではないのかなあ。
人が減るから、その分、なんとかがんばりそこをカバーしようとする。そしたら、いなくてもできているからいいんじゃないかで終わる。がんばるほどに、自分の首をしめていく。
「一生懸命頑張る」では物事は変わらない。気持ちだけでは何も変わらない。
でも、医療現場とか命に関わるところでは、そんなこと言ってられない。今、目の前のことを何とか自分がしないと、代わりはいないと「一生懸命頑張る」しかないその状況は悲劇、まさしくホラーに思えた。
予告編だけで、気が滅入った。興味あるけど、観るのはきついかなあ。