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配信でたまたま見つけて見た。
27年投獄されて、妻や幼い子供もつらい目にあい、離れ離れだった。妻も子供と引き裂かれしばらく投獄され、白人への憎しみをぶつけ、暴力で闘うリーダーになる。
マンデラは獄中で少しずつ立場を変えながら、しかしずっと囚われ、娘が面会に来て会えたのは娘が20歳になってから。息子はその前に事故死し、会うことも、葬儀に行くこともできなかった。
そしてようやく出てこれたマンデラと妻の大きな隔たり。27年という年月の彼の不在は長すぎた。彼女は闘争のリーダーとなり暴力も辞さない。そしていつしかマンデラ不在の間に恋人もできていた。マンデラの胸中は複雑だったろう。でも、彼はもともと暴力を好まない人だったように思えた。だから暴力的闘争する人々を鼓舞する、すっかり変貌した妻に距離を感じただろう。
マンデラはある日、ラジオ放送に出た。放送で、こんな手紙を渡されたと読み上げる。復讐してほしいと。しかし彼の答えはNO。
彼はずっと獄中生活で、人生を奪われた。しかし私は彼らを許す。だからみんなもそうしてほしい、銃を捨てよう、そして投票に行こうと訴える。
そしてマンデラは大統領になった。胸中はどうだったろう。差別、憎しみ、悲しみ、痛み、いろんな思いを静かに押し殺して、ひとつのテーマへと向かった。
妻の生き方も仕方がないと思う。彼女はひとりで必死で子供を守り、闘った。そのときに共鳴する相手が、傍にいてくれる相手がいたら愛してはだめだろうか。マンデラも家族をいわば犠牲に南アフリカの人々のために闘った。
最期に死ぬとき、彼らは何を思っただろうと思った。
公の正義、家族への正義、組織の正義、同じ正義じゃない。その裏側には闇もある。
そして年月が人を変える。
すごく考えさせられる映画だった。
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NHKでコント×ドキュメンタリーでサイレント減点というのをやってた。お仕事系話。
仕事の成果ではなく、それ以外での評価あるあるてやつ。
笑ったのが、本を出した人の話で、尊敬できる仕事できる先輩が左遷され、仕事できない、客からまったく信用されない人が栄転。社内営業力があったからっての。社内て。
でもこれは本当にあるある。声が大きい、目立つとか仕事がすごいできるフリの人が上からはよく思われたり、性格的に合う合わないで評価されたり。
以前勤めていた会社の人事評価で、ある人は上司からの評価が0点という噂をきいた。いくらなんでも何十点かはつけるよ。おそらくひとりを上にあげるためにそのしわ寄せだったんだろうが、0点ってとこに上司のその本人への嫌いさが明らかにでてる。あと評価はこの段階で何人とか「配分」があるのも変だった。いろいろ疑問ばかりだったけど、私はとうに評価はあきらめ、けっこうはっきりといろいろ言ってたから嫌われてたであろうが、それでも普通並み評価はあったな。
コロナで売上激減のときは最低評価だったが、それは納得していた。が、業績あげてるのに、普通評価は?だったけど、今思えばサイレント減点やな。 -
いきなりだけど、骨折していた。いや、自業自得。濡れた水着で走ってすべった。宙に浮いてひっくり返り、右肘からダイレクトに落ちた。飛んだようだった。肘って肉がない分、いきなりあたり猛烈に痛かった。夜だったから、そのまま近くの救急病院になんとか行ったけど、その間にも何台も救急車が。で、私は何時間も待たないといけないってんで、やめて、翌日別の病院へ行った。
もう骨折だと思い、レントゲン希望。
肘の関節の一部が割れてた。手術でそこを元に戻さないといけないということで、いきなり前の日行った救急病院へ紹介状書くと言われた。そのやりとりで明日手術でどうですかといわれ、いきなりすぎてちょっと待ってと言うと、明日は診るだけにしましょうとなった。
翌日行くと、手術は早い方がいいというので、次の日手術にしてもらった。今思えば8/15,お盆で空いてた?簡単で1時間くらいですと言われ、日帰り希望していた。
初めて手術室入る。局所麻酔で腕がすぐしびれた。メス切られたとき「あ、ちょっと痛いです」というと効いてないとそこへ注射麻酔、再度切りはじめたらまた別の場所で「あ、痛いです」とまた注射。もうトンカントンカン、ウイーンとほとんど工事現場のような音に慣れてないもんで、思わず手術中に1泊入院してもいいですか?と聞いた。そしたらその場で部屋人数やトイレ有無、値段と細かく聞かれ、それどころじゃないから、その個室でいいですと返事。
手術は麻酔あたりの時間が30分ほどかかり、手術は1時間未満だったと思う。手術後、レントゲンじゃなくCT?レントゲンかといって行った先のMRIのような巨大機械を目にして、「え?全身撮るんですか?」とおののいたが、右肘だけですと言われたが、寝そべって機械に入っていった。えー?これで肘だけ写す?とびっくり。
それで1泊したが、いや痛いというよりだる重いのが非常につらく、寝れなかったから、これなら帰っても同じだったと思った。しかも退院後に出た痛み止めの方がよく効いたし。
帰るときもテープ傷口に貼られて、このままお風呂もオッケーとか言われても怖くて、一応ビニールで肘のところ濡れないようにしたり。
それから1週間後に様子みて、すぐ腕を動かしまくれと言われたが、いやなかなか。リハビリは自分ですると言ったものの、よく考えてみたら、どの程度、どんな感じとか進捗もわからないから、結局紹介状書いてもらい、再びレントゲンとった病院へ-。そこからリハビリをスタートした。なかなか曲がりが戻らないけど、傷は痛みなく、ランニングは開始している。
キーボードもこうやって打てるようにはなったが、しばらくはほんとにダル重く、何にもする気がわかなかった。身体の健康は大事やなあ。