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もちろん私ではない。ごくごく近所の宝くじ売場で28億でたと新聞のニュースになった。
友人と28億で盛り上がった。もしそんな金額が当たったらってけっこう誰もがちらっと想像したりする。
私も友人と盛り上がる。まず思い描いたのは友人は新しいパソコンのiMacとイラストレーターなどのソフトを躊躇なく買う。私は最新の家電にする、だった。ああ、なんてセコイ。セコ過ぎる。
ここで一挙に友人との「28億あったら」話をご披露したい。
・世界一周旅行。船旅は退屈だから飛行機。あ、でもファーストクラスはいちいち気にかけられて気まずいからビジネスクラスくらい。話しかけないでほしい。
・家を最新耐震で、しかもコンパクト高機能に、セコムもつける。大きいのは掃除が面倒でいや。
・犬のドッグランは?⇒犬はもう老犬だし、しかも家からでたくないのにいらんやろ
・一番高い車買う⇒○○(車種)みたいなダサさはいくら高くてもいや。大きい車は駐車場に入れられん。⇒いつでもタクシーにしたら?⇒いちいち呼ぶのが面倒⇒運転手雇えば?⇒気をつかうからいや
・日本一周をキャンピングカーでいく⇒なんでや。ぱーっといって最高級ホテル泊まれば?
・毎日ホテル住まいする。思い切ってスイートで。⇒食事が外食ばっかっていや、飽きる。料理もできる家じゃないと⇒コンドミニアムとか別荘買う?⇒別荘だとシーズンオフは管理してもらったり、維持費がいる。⇒金かかってもえいやん⇒いや、考えるだけでめんどくさい。
・ゲーム機を全部そろえる。スマホゲームガチャ大人買いする。←ばかです。
・家財道具や服とか今持ってるものを一切を捨てる。厳選して新しいもの買うけどあんまりものは置きたくない。ルンバコロコロができる部屋が理想。
・少しは世間のお役にたってみたいから、資金を運用して儲けた分は寄付する⇒すでにその発想がセコイよ。
・宮古島とかでのんびり喰っちゃ寝、ときどき泳ぐ、だらだらしていたい⇒すぐ飽きそう
などなどもっといろいろでたけど、結局は染みついた庶民感覚はどうにもならないと思った。
それと、金があるからってそれで100%満足するのかという話にもなり、人はどこまでも完全に満足することはないという結論となる。満足することが幸せを感じるわけで、それは金が基準でなく、やっぱり自分の心の正直な反応の中に基本があるという・・・でも28億なんて本当にもってみないとまったくぴんとこないってのが本当のところでしょうね。
でもその対極にリュックひとつで世界を旅する人に憧れている私。ムーミンアニメのスナフキンへの憧れと似ている。ものを持たないことが反比例なまでに自由が広がる気分が大好きだ。
現実はそんなに極端なことはできないけど、ものをもたない、執着しない、そんな生き方にもあこがれが尽きない。やはり富豪やセレブに生まれてこなかった私には、小さい範囲で自分の持ち物がすべて見える、コンパクトに収納されまとまってることに安心を覚えてしまう。悲しいサガです。
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西郷どん、久しぶりにタイミングがあって観た。あれ?西郷どん、めちゃ太ってるやん!役者さんも大変だなと思いましたが、幕末ものをみると、よく思うことがある。私は高知もんです。土佐です。ばりばり土佐人気質ちや。土佐といえば坂本龍馬、みたいに思われてませんか?だけど、残念ながら、私やまわりの人たちで龍馬ファンに出会ったことがない。アツく語る人を見たことがない。あ、テレビなんかじゃ見たことありますけどね。県外の人が言ってるのは。「県外」、そうこれを高知もんはよく言う。言葉が違ったら必ず「どっから来た?県外から?」と聞く。ほとんど県外=海外みたいなもんです。なんたって四国山脈があるせいで、高知県は四国でも孤立してる。他の3県は「表」=瀬戸内海であって、高知だけ「表」意識は太平洋なんである。おみやげ屋であふれてる龍馬グッズが「心はいつも太平洋ぜよ」としゃべってたけど、それは正しいかも。話は戻るが、そう、龍馬。大河ドラマの「龍馬伝」は一応みた。弥太郎びいきになった。(笑)あと、上士と郷士の差別を初めて書いてくれたのは良かった。「県外」にはあんまり知られてなかったからね。でも龍馬のおかげで高知もんがみんな「ぜよ」「ぜよ」言ってると思われてそう。いや、聞いたことないし。
あと、県民の了解なしに「高知空港」を「龍馬空港」にして全国の笑いものにし、高知駅の前にはりぼての龍馬やら武市半平太やらの像をおき、台風のたびに避難させるのにン百万かけるとか、高知県よ、いい加減にしいや。私のまわりではどれもこれもセンスないとか、税金の無駄使いとかさんざんなんだけどね。像は桂浜にある見上げても高すぎて見えない像(笑)なのがいいのに。
とはいいつつ、私は正直龍馬に興味がない。幕末ものは司馬遼太郎の小説で知ったのだが、よかったのは佐幕側の新撰組やら河井継之助とかの話だった。今の大河ドラマだと、西郷どんはいい人だなと思うけど、興味あるのは大久保の方かな。自分のいた藩だけど、国のために動く心中はけっこうきつかったんじゃないかなあ?鹿児島の人には嫌われてもそれでも国のためのに動くって感じが興味深い。
大河ドラマ、私はぜひ長宗我部三代をやってほしい。土佐の一介の豪族から四国統一を果たし、やがて滅んでいく三代にわたる壮大な物語、けっこういけると思うんだが。私含めて、高知の人は山内家より長宗我部に愛着がある気がする。山内家はいわば進駐軍みたいなものだったからね。あ、でも松山の正岡子規の記念館では明治になって土佐が進駐してきたみたいに書かれてたし、立場変われば見方も当然変わるか。
それでも長宗我部大河、「まっこと期待しちゅうぜよ!」
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これは絶対行きたかった。「ボヘミアンラプソディ」もちろん、クイーンの映画だ。
最後は号泣。フレディが亡くなってから、クイーン聞くと涙腺にくる。
私のクイーン歴は長い。思えば最初、中学生のとき、クイーンの写真を見たのがはじまり。音楽をきいて、写真見たときはロジャーが絶対ボーカルと思った。かわいい顔できれいな声とぴったりと思えた。それがフレディだったからえええ?と思ったのは覚えてる。そしてかわいいロジャーがものすごく男っぽいハスキーな声だったのも意外だった。当時はそれぞれのポスターを部屋にはっていたが、フレディはセクシーポーズではだけた胸元が胸毛いっぱいだったのを、親が気持ち悪そうに見たけど、私はフレディのどんなファッションも「フレディだから」と当たり前に思っていた。ニジンスキーというバレエダンサーを知ったのもフレディからだ。(笑)
大人になってみると、フレディのそのファッションはゲイそのものわかりやすすぎぐらいだったけど、子供のときは何の違和感もなく、ゲイとも思わず、「フレディだから」と当たり前のように受け止めてたワタシであった。いや、クイーンファンはみんなそうだったと思う。
で、この映画のメンバーや演奏再現度が素晴らしかった。最初はふーん、似てる?と思ったけど、だんだん、どんどん本人にみんなが見えてきた。笑えたのは「オペラ座の夜」というアルバムでロジャーが「I‘m in love with my car」という曲を作り、自ら歌ったのがあったけど、私は聞いた当時、車のキャブレターがどうとか、ギアがどうだとか、車を愛してると高らかに盛り上がって華麗にメンバーが合唱しているのがどうにも疑問だったんだけど、映画の中で、ジョンが「で、車にいったい何を求めてるわけ?」とか、ブライアンがあきれた感じで笑ってたりして、ボヘミアンラプソディのシングルレコードをラジオ局にもっていって、そこの人がレコードタイトルを「i‘m in..といいかけたらフレディがすかさず「それB面」といったのがツボだった。ワタシが変?て思ったのはまちがってなかったと(笑)
昔は正直フレディありきのクイーンであることはもちろん認めていたけど、フレディの魅力はわからなかった。でも大人になって彼の良さがすごくわかった。
映画では彼の孤独が浮き彫りになるシーンがあって愛おしく、悲しかった。ゲイであり、移民であり、あらゆる差別や、映画ではなかなか家族(父親)と理解しあえないとか、感性が鋭く、繊細であるほど、時にエキセントリックだったり、まわりからは理解されにくいのかもしれない。
そんなものをまといながら、最後は幸せな人生だったと(映画ではエンターティナーであることと言ってたけど)語ったという彼は早くなくなりすぎたけど、中身の濃い、味わいのあるいい人生だったのだと思う。
エイズであることをまずメンバーだけに告白し、みんなでまとまって、ライブエイドでがクライマックスシーンだけど、そのライブが素晴らしかった。見たことある感バリバリの出来だった。
俳優にもう見えない!
実際にも、不仲説もでていたのに、ラストアルバムをクイーン名義でみんなでフレディのためにつくりあげたメンバーの愛情をすごく感じた。
ラストタイトルロールでもレイトショーのけっこう多いお客誰も席を立たない。そうだろう!みんなクイーンナンバーを聞き入ってるのだ。最後に「show must go on」が流れるけど、これは泣いてくださいといわんばかり。もちろん涙が止まらない。が、ラストはこれじゃないだろう、「GOD SAVE THE QUEEN」だろうと言うのは、ファンの人ならわかってくれるでしょう。
今でも思い出す、人生初のライブがクイーンだった。フレディといっしょに合唱した「love of my life」みんなで歌うとフレディがにこやかに「ビューティフル」と言ってくれたこと、忘れません。