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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

アフリカの砂漠の名前 <11>
 入口に「205高木一哉」とある。施納はフランケンから聞いた男に会うために、病院へやって来た。大きな総合病院だ。受付で聞いて、4階へ上がる。
 ノックをすると「はいーぃ?」と、気の抜けたような声がした。

 高木一哉だった。頭には包帯、足にギブスをはめ、ベッドで吊り上げられている。腕にも包帯がしてあった。
 施納が素性を明かし、弟の件を言うと、「バイクではねやがったやつは、まだ見つかんないまま。ケーサツには、ぜったいあいつだって言ったんだけど。そっか。死んじまったんだ」と、ぶすっとしたまま言った。「いや、お兄さんには悪いんすケド」と、悪いと思ったのか付け加える。

「どういうことですか?」
「こんなこと、いいたくないけど、マジあいつのおかげで、このザマなんだぜ。あいつ、おれを脅しやがって。“気をつけろ、怪我するぞ。死ぬかもしれない”だとさ」

「それは…」
 施納は返事に困った。また光起の違う面を見たようだった。

 そのとき、ドアが開いた。女子高生ふうの女の子が花の入った花瓶を持っている。施納を見て、少しお辞儀した。

「あいつが変なこというから文句言って、ちょっと叩いただけで、逆恨みだぜ。夜中にやつのバイクにはねとばされて、ぶっ飛んだ」

「光起が?…」
「決まってんだろ。警察はやつにはアリバイがあるだのなんとか言うけど、あいつがこれまでどれだけ問題起こしてきたか。なあ、アキ」
 高木は花瓶を持った女の子に視線を向けた。

「まあ…」
 アキという高木と同級生らしき女の子は、テーブルの、開けて食べかけたまま置いてあるスナック菓子をどけると、花瓶置いた。

「ついこのあいだも万引きして、こいつに見つかってんの」
 施納には意外だった。弟はたしかに万引きとかいろいろしていたが、人を脅すようなやつには思えなかった。施納の前では口こそ良くはないが、気のいい、やさしい弟だった。

 施納はもうこれ以上聞くことがなく、少し病室にいただけで、帰ることになった。エレベーターに向かうまでの廊下でも、看護士や患者が視界に入ったり、出ていったりと、病院は常にざわついている。
 背後でぱたぱたと足音が近づく。施納が足を止めて振り向くと、アキという女の子が急ぎ足で彼に近づいてきた。

「あれは…実は私なんです。」
 アキが小さな声で言った。
「友だちにいっしょにやろうって言われて、店でこっそり鞄にアクセサリーを落とし入れて、万引きしたの、私なんです」
彼女は病院の廊下で、うつむき加減でそう言った。

「真城くんは、やめろって止めてくれたの。なのに私、万引きを真城くんになすりつけた。だって急に真城くんに鞄をつかまれて、びっくりして恐くなって…。友だちはあわてて先に逃げるし。あのときは魔がさしたんです。なんであんなことしたのか」
「そう…」
 施納は弟を警察に迎えに行ったときのことを思い出していた。

    「おれが万引きしたんじゃないし」
    「だったらそう警察に言え」
    「言っても信じないだろ」
    「信じないな」
    「ほらね」と、光起は笑った。

 光起が言ったそこだけは、本当のことだったのだ。施納は弟を信じていなかった。今頃知る真実が彼にもたらすものは、罪悪感とか後悔ではなく、ただの疲れと無力感だった。

「あの、このこと、やっぱり警察に?」
 アキはおどおどと、彼を上目使いに見ている。施納は首をふり微笑んだ。
「もう済んだことだから」

 そう、もう遅い。弟の一部の正義をいくら回復しても、意味はないのだ。ただ彼を知る者たちだけの気持ちの問題だ。

 アキは申し訳なさそうに深くお辞儀をして、走り去った。
 施納は少し安堵した。高木とアキは、あの写真を送りつけてきたやつではないだろう。散らかった菓子、屈託のないしゃべり方、緻密さは感じられない。もしどちらかが犯人だとしても、すぐバレるはずだと思えた。

 しかし、弟が高木一哉をいじめたり脅したりしていたのなら、なぜしてもない万引きの濡れ衣は黙ってきたのだろうか。施納は弟のことがよくわからないままだった。

「あのぅ…」
 施納がその声の方に目をやると、パジャマ姿の老人が立っている。痩せて、薄くなった頭髪は真っ白だ。

「あのぅ、203号室はどこですか?迷ってしまって…」
「あ、えーと」と、彼は反対を向いて、指差す。高木一哉の病室が205だ。

「あのあたりの左側ですね。すぐそこに看護士さんの詰め所ありますから…」
 そう言うと、また振り向いたが、そこにはもう、老人の姿はなかった。聞かずにさっさとまたどこかへ行ったのだ、ただボケていたのかもしれないと思った。

 そのとき、廊下を向こうから、女性の看護士が2人走ってきた。
「あなたは先生呼んで来て!」
「はい!」と、1人が急いで方向を変えて走り出す。その1人に向ってもう1人が声をあげた。「203号室よ!」

 施納は驚いて、その行方を追った。さっきの老人が言っていた部屋だ。1人はそのまま走って行き、先の方の左側の部屋へと走り込んだ。

 203号室、さっきの老人は部屋を間違えていたのだろうか、彼は妙に偶然が一致したような、不思議な気分だった。
 
 教えてもらった高木一哉という男をたずねたが、光起はどうやら、その男を逆におどしていたようだと、フランケンにメールしたら、すぐに返事が来た。いつもパソコンの前に座ってるかのようだ。
 

    『ランボーはそんなやつじゃない。』


「何がそんなやつじゃない、だ」
 施納は思わずつぶやいた。少々腹が立った。


     *   *


    『直接会うわけでなく、1年ぐらいのメールだけの付き合い
    なら、誰でも都合良く、いいこと言うんじゃないでしょうか?
    弟のことを悪く言いたくはないのですが、本当のところ、実
    は私は、補導された弟を引き受けに、警察に何度も行きました。
    もしあなたが、私が本当の彼を知らないと思われるのであれ
    ば教えてください。彼が何をして、どう思っていたのかとか、
    ぜひ、知りたいのです。』


 パソコンの画面の新着メールには、そう書かれてあった。施納英二とある。
 カーテンが閉め切られ、デスクトップパソコンの、17インチ液晶画面だけが明るい。その机に置かれたトレーには、食べ終わった食器、牛乳を飲んだあとの白い筋が残った空のコップがある。机の下には本が乱雑に散らばり、無造作にたたんだままの服が、積まれて置いてあった。

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