「瀬里ちゃん、ここにゴハン置いとくね」
部屋のドアの向こうから声がした。
町田瀬里は何の反応も示さず、じっとディスプレイを見ている。煙草の煙を大きく吐くと、山盛りになった灰皿に吸い殻を押し付けた。髪はぼさぼさで、痩せて化粧気のない顔は高校生のようで、20歳には見えない。
彼女はそのメールの返信をクリックした。
「会ってくれるまで、何度でも来ますからね」と、外からは、また別の女性の声がしたが、彼女は無視したまま、キーボードを叩きだした。
* *
『絶対、あんたは本当の彼を知らない。
ひとつ教えてやるよ。ランボーが金を借りると言ってた
やつがいる。そいつが何か知ってるだろう。探すといい。
“ランボー”を教えてもらったのも、そいつだと言ってた。』
いったい誰なんだろうかー。
施納は仕事帰り、横断歩道を渡ろうと待ちながら、フランケンの確信に満ちたメールが気になっていた。
信号はまだ赤だ。横断歩道の反対側にも待つ人たちがたくさんいた。いかにも通勤帰りの人たちで溢れている。
フランケンは、あまりに光起のことを知っている。まだ他になにか、知っているはずだと思った。
実は施納は、フランケン自身を怪しんでいる。が、顔も知らない同士だ。彼のことを、まだ警戒しているのかもしれないと思い直した。
施納は、横断歩道の向こう側で信号が変わるのを待つ人たちの中に、じっと彼を見ている男に気づいた。何か、どこかで見たような顔に思えた。
信号が青に変わり、横の人たちが一斉に動きだし、そちらに一瞬気を取られた。そのわずかの間に、その男の姿は見えなくなっていた。
見知らぬ顔だったが、この間、近沢宏太をたずねたとき、自分を襲って来たやつかもしれないと思うと、緊張してきた。再び近沢宏太の家に向かっていたからだ。
* *
くわえ煙草でドアを開けた近沢宏太は、訪ねた施納をうさんくさそうに、じろじろと見た。顎にうっすらとひげをはやし、重そうなチェーンのネックレスをしている。そして、タンクトップのむき出しの肩には、写真で見覚えのあるドクロのタトゥがあった。
「おー寒っ。閉めて閉めて」と、宏太は寒そうにシャツを着た。施納は背後のドアを閉め、事情を説明した。
「そう、コーキも同じのいれたよ。いきなりおれに声かけてきたかと思ったら、いいじゃんて気に入って。殺されたってマジ?」
「なにか、彼のことで知ってることはありませんか?」
「なにかって…」と、宏太は面倒そうに頭をかく。家の中はあまり換気しないのか、しみついた煙草の臭いがしたが、ドアの外の乱雑さと違い、中は思ったより整頓されている。玄関には靴がひとつ出ているだけで、あとは片付けられていた。
宏太はまだ、ぼりぼり頭をかいている。
「…写真とか」
施納は思い切って切り出した。郵送されてきた光起の身体につけられていた傷の写真のことだ。
宏太は急にシリアスな顔になった。施納の動悸が高まる。が、宏太はいきなり笑い出した。
「なにそれ。そりゃ金は欲しがってたけど、盗撮趣味はなかったよ」
「盗撮?」
「なに、そのことじゃないの?エッチ系の隠し撮りビデオや写真は金になるけどなあ」
「いや、そういうことじゃないよ」と、施納はあわてて否定したが、興味がわいた。
「どうして金がいるって?」
フランケンが言ってたことだ。
「なんか、旅行するみたいなこと言ってたけど…」
「それで?」
「金がいるから貸してくれって言ってきたけど、バイトばっかのおれに、金あると思う?」
施納はアパートの駐車場に止めてある、真っ赤な車を思った。
「で、うまい金の稼ぎ方、教えてやったわけよ」
宏太はにやりとした。
「女。女に貢いでもらうのがてっとりばやい。おかげでバイトで1日6500円のおれでも、350万の車が持てる」と、思い出したように、横のごちゃごちゃ小物を置いてある棚を探した。
「ひとつ、聞いていいかい?」
「あー?」背中を向けたまま宏太が言った。
「ランボーって知ってる?」
「え?ああ」と、あっさり言ったので、施納はどきりとした。
「ベトナムへ戦いに行ったあの映画だろ?」と、宏太はマッチを手に振り向いた。
「詩人のランボーだよ」
「へ?なん、それ」と、宏太は笑って、施納にマッチを放った。「ここ、行ってみりゃわかる。おれがやつに紹介してやった。3万なんてしょぼいこと言わず、30万にしとけよって」
そのマッチには『エデン』とあった。
そのとき突然、ドアが開いた。はっと、施納は振り向いた。
部屋のドアの向こうから声がした。
町田瀬里は何の反応も示さず、じっとディスプレイを見ている。煙草の煙を大きく吐くと、山盛りになった灰皿に吸い殻を押し付けた。髪はぼさぼさで、痩せて化粧気のない顔は高校生のようで、20歳には見えない。
彼女はそのメールの返信をクリックした。
「会ってくれるまで、何度でも来ますからね」と、外からは、また別の女性の声がしたが、彼女は無視したまま、キーボードを叩きだした。
* *
『絶対、あんたは本当の彼を知らない。
ひとつ教えてやるよ。ランボーが金を借りると言ってた
やつがいる。そいつが何か知ってるだろう。探すといい。
“ランボー”を教えてもらったのも、そいつだと言ってた。』
いったい誰なんだろうかー。
施納は仕事帰り、横断歩道を渡ろうと待ちながら、フランケンの確信に満ちたメールが気になっていた。
信号はまだ赤だ。横断歩道の反対側にも待つ人たちがたくさんいた。いかにも通勤帰りの人たちで溢れている。
フランケンは、あまりに光起のことを知っている。まだ他になにか、知っているはずだと思った。
実は施納は、フランケン自身を怪しんでいる。が、顔も知らない同士だ。彼のことを、まだ警戒しているのかもしれないと思い直した。
施納は、横断歩道の向こう側で信号が変わるのを待つ人たちの中に、じっと彼を見ている男に気づいた。何か、どこかで見たような顔に思えた。
信号が青に変わり、横の人たちが一斉に動きだし、そちらに一瞬気を取られた。そのわずかの間に、その男の姿は見えなくなっていた。
見知らぬ顔だったが、この間、近沢宏太をたずねたとき、自分を襲って来たやつかもしれないと思うと、緊張してきた。再び近沢宏太の家に向かっていたからだ。
* *
くわえ煙草でドアを開けた近沢宏太は、訪ねた施納をうさんくさそうに、じろじろと見た。顎にうっすらとひげをはやし、重そうなチェーンのネックレスをしている。そして、タンクトップのむき出しの肩には、写真で見覚えのあるドクロのタトゥがあった。
「おー寒っ。閉めて閉めて」と、宏太は寒そうにシャツを着た。施納は背後のドアを閉め、事情を説明した。
「そう、コーキも同じのいれたよ。いきなりおれに声かけてきたかと思ったら、いいじゃんて気に入って。殺されたってマジ?」
「なにか、彼のことで知ってることはありませんか?」
「なにかって…」と、宏太は面倒そうに頭をかく。家の中はあまり換気しないのか、しみついた煙草の臭いがしたが、ドアの外の乱雑さと違い、中は思ったより整頓されている。玄関には靴がひとつ出ているだけで、あとは片付けられていた。
宏太はまだ、ぼりぼり頭をかいている。
「…写真とか」
施納は思い切って切り出した。郵送されてきた光起の身体につけられていた傷の写真のことだ。
宏太は急にシリアスな顔になった。施納の動悸が高まる。が、宏太はいきなり笑い出した。
「なにそれ。そりゃ金は欲しがってたけど、盗撮趣味はなかったよ」
「盗撮?」
「なに、そのことじゃないの?エッチ系の隠し撮りビデオや写真は金になるけどなあ」
「いや、そういうことじゃないよ」と、施納はあわてて否定したが、興味がわいた。
「どうして金がいるって?」
フランケンが言ってたことだ。
「なんか、旅行するみたいなこと言ってたけど…」
「それで?」
「金がいるから貸してくれって言ってきたけど、バイトばっかのおれに、金あると思う?」
施納はアパートの駐車場に止めてある、真っ赤な車を思った。
「で、うまい金の稼ぎ方、教えてやったわけよ」
宏太はにやりとした。
「女。女に貢いでもらうのがてっとりばやい。おかげでバイトで1日6500円のおれでも、350万の車が持てる」と、思い出したように、横のごちゃごちゃ小物を置いてある棚を探した。
「ひとつ、聞いていいかい?」
「あー?」背中を向けたまま宏太が言った。
「ランボーって知ってる?」
「え?ああ」と、あっさり言ったので、施納はどきりとした。
「ベトナムへ戦いに行ったあの映画だろ?」と、宏太はマッチを手に振り向いた。
「詩人のランボーだよ」
「へ?なん、それ」と、宏太は笑って、施納にマッチを放った。「ここ、行ってみりゃわかる。おれがやつに紹介してやった。3万なんてしょぼいこと言わず、30万にしとけよって」
そのマッチには『エデン』とあった。
そのとき突然、ドアが開いた。はっと、施納は振り向いた。
PR
コメント
1. ここまで読んだ(笑)
私はランボーの詩集を読んだことはないんですが(そもそもあんまり詩集に手を出したことはない…あ、いえ、今書いている作品のために1冊購入しましたが)、mickyさんは? ランボー読破したんですか?
2. いっこしか読んだことない
「アフリカの…」の方は…唐突にいろいろ疑ってくれよーと,これみよがしの人たちがでてくるんで、申し訳ない(w