翌朝は冷え込みが厳しかった。仕事に向かう人々が足早に過ぎる。
施納もマフラーを顔まで上げて肩をつり上げて急ぎ歩く。会社の前まで来たとき、ティッシュを差し出された。何気なく受け取りながら、麻美がもらっていたのと同じものだとふと思った。
顔を上げると、ティッシュを配っている若い男が、じっと彼を見つめていた。茶髪で、浅黒い顔の痩せた男だ。右耳にピアスをしている。そらしかけた目線を戻しても、その男は無表情のままじっと彼を見ていた。
一瞬知り合いだろうかと思ったが、男は次の瞬間には別の通行人に、やる気なさげにティッシュを差し出していた。
施納はまたティッシュを見た。どこでもこれは配られているんだと思うと、少し安心して、急いで会社のビル内へ向う。途中でもう一度振り向いたが、茶髪の男は通行人に片っ端からティッシュを配っていた。
会社ではさっそくメールをチェックする。自分のパソコン以外でも、プロバイダーにアクセスすれば、自分へのメールをチェックできた。フランケンに、弟のことを良く知らないから教えてほしい、そしてあなたは誰なのか教えてほしいとメールしたのだ。返事があった。それは今朝の5時27分に送られてきていた。
『メール読んだ。ランボーは一年近く前からのネット知り合い。
自分たちはみんな神秘的なことに興味があったり、また体験した
ことがあったりで、それを語り合う仲間。
そのうちメールもやりとりするようになった。参照↓』
そして、『参照』の次の行にリンク張られたアドレスがあった。それをクリックすると、ブラウザが立ち上がった。
以前、ネットカフェで見つけた奇妙な写真が張られたサイトが現れる。霊、金縛り、黒魔術、サイキック、憑き物、降霊術などのコンテンツがある。
『ランボーが死んだことを知ったとき、降霊術をやってみた。』
そのサイトは、降霊術のやり方までくわしくのせてある。
呼び出したい人の死んだときの年齢の数だけのろうそくをかまえ、それを円になるように並べて火をつける。その円の中で呼び出したい人の名前を反転文字で書く。そして「戻れ」を4回、名前を1回、「伝えるべきことを伝えざるは無念なり」と述べよ。ただし呼び出しても会話はするな。なぜなら呼び出されたものは声を発すると去って行くことになるから、とある。
こんなものを本気で信じているのだろうか。施納には理解し難いものだった。
『だめだったが、会いたかった。ランボーとはいろいろ話した
けど、一度も 会ったことなかった。だから会いたかった。』
メールにはそう書いてあった。
このフランケンと光起のやりとりがこのサイトにのってあるような内容だろうことは想像できた。が、弟がそういうことに関心があったとは思わなかった。
何回か補導されるたび、警察へ引き取りに行った。その帰り道だけしか、2人で話すことはなかったが、そのときの光起は学校の校則のくだらなさとか、はまっているゲームのこととか、買いたい服、おいしかった食べ物とか、とりとめもないことだったが、決してオカルトや内面のことなどへの興味は感じさせなかった。フランケンとの接点は、自分の知らなかった弟を見た気分だった。
携帯が鳴った。
「もしもし?」
しかし、何も声がしない。
「もしもし?」
もう一度言うと、ぷつっと切れた。まさか、きのうの不審な電話をかけてきた相手ではないんだろうかと不安になる。
書類をコピーしていた部下の江崎利香が不思議そうに見ていた。
『タトゥのこと、言ってたよね。ドラゴンアイズって店で、
ランボーはそこで知り合ったやつのタトゥが気に入って、
おんなじの彫ったらしい。ドクロの。おれのサインだと、
写メ送ってきたよ。あんたも店に来いよってすすめられた。
行けなかったけど。』
「課長、総務部長が呼んでいます」と、書類を持ってきた利香が言った。
「総務からって何なんでしょうね」
「どうせ、もっと営業費を減らせってことだろう」と、施納はノートパソコンを閉じた。
きっとどこかで、光起につけられていた傷の写真を送ってきたやつと、つながっているはずだった。フランケンのこと、麻美のこと、さっきの無言電話、いろいろと気になることが多すぎる。
施納が総務へ行くと、案の定、部長から営業費を使い過ぎだとくどくど言われた。さらには前島の営業2課が、もっと少ない費用で成果を上げていると比較され、施納はおもしろくなかった。
そんな気分のときに、廊下で前島とばったり会ったのだ。視線を落とし、そのまま無言で通り過ぎようとした。
前島が小さく声をかけた気がした。施納が足を止め、しぶしぶ顔を向けると、前島が歩み寄って来た。相変わらず明るい色のネクタイをしている。
「このたびは…」
前島が少しためらった後、そう言った。施納は光起のことは、会社の上司にしか言ってなかったが、そういう話はすぐ広がるものだから、おそらく会社中が知っているだろうとは思っていた。
だが、前島とは入社した後の数年は何かと話もしたが、それからはほとんど遠のいていて、話すことも仕事上の会議とかでしかなかったので、こうやって親しげに話すとは思っていなかった。
「それで、何かわかったのか?」
彼は事件の進展を聞いてきた。
「いや…」
施納は首を小さく横に振った。
「そうか。残念だな…。彼、まだ17だったんだろう?」
施納は黙って頷いた。
「麻美も残念がってるよ」
施納は自分でそう言って、どきりとした。が、前島は「そうだろうね」と、気の毒そうな表情を変えることはなかった。
施納もマフラーを顔まで上げて肩をつり上げて急ぎ歩く。会社の前まで来たとき、ティッシュを差し出された。何気なく受け取りながら、麻美がもらっていたのと同じものだとふと思った。
顔を上げると、ティッシュを配っている若い男が、じっと彼を見つめていた。茶髪で、浅黒い顔の痩せた男だ。右耳にピアスをしている。そらしかけた目線を戻しても、その男は無表情のままじっと彼を見ていた。
一瞬知り合いだろうかと思ったが、男は次の瞬間には別の通行人に、やる気なさげにティッシュを差し出していた。
施納はまたティッシュを見た。どこでもこれは配られているんだと思うと、少し安心して、急いで会社のビル内へ向う。途中でもう一度振り向いたが、茶髪の男は通行人に片っ端からティッシュを配っていた。
会社ではさっそくメールをチェックする。自分のパソコン以外でも、プロバイダーにアクセスすれば、自分へのメールをチェックできた。フランケンに、弟のことを良く知らないから教えてほしい、そしてあなたは誰なのか教えてほしいとメールしたのだ。返事があった。それは今朝の5時27分に送られてきていた。
『メール読んだ。ランボーは一年近く前からのネット知り合い。
自分たちはみんな神秘的なことに興味があったり、また体験した
ことがあったりで、それを語り合う仲間。
そのうちメールもやりとりするようになった。参照↓』
そして、『参照』の次の行にリンク張られたアドレスがあった。それをクリックすると、ブラウザが立ち上がった。
以前、ネットカフェで見つけた奇妙な写真が張られたサイトが現れる。霊、金縛り、黒魔術、サイキック、憑き物、降霊術などのコンテンツがある。
『ランボーが死んだことを知ったとき、降霊術をやってみた。』
そのサイトは、降霊術のやり方までくわしくのせてある。
呼び出したい人の死んだときの年齢の数だけのろうそくをかまえ、それを円になるように並べて火をつける。その円の中で呼び出したい人の名前を反転文字で書く。そして「戻れ」を4回、名前を1回、「伝えるべきことを伝えざるは無念なり」と述べよ。ただし呼び出しても会話はするな。なぜなら呼び出されたものは声を発すると去って行くことになるから、とある。
こんなものを本気で信じているのだろうか。施納には理解し難いものだった。
『だめだったが、会いたかった。ランボーとはいろいろ話した
けど、一度も 会ったことなかった。だから会いたかった。』
メールにはそう書いてあった。
このフランケンと光起のやりとりがこのサイトにのってあるような内容だろうことは想像できた。が、弟がそういうことに関心があったとは思わなかった。
何回か補導されるたび、警察へ引き取りに行った。その帰り道だけしか、2人で話すことはなかったが、そのときの光起は学校の校則のくだらなさとか、はまっているゲームのこととか、買いたい服、おいしかった食べ物とか、とりとめもないことだったが、決してオカルトや内面のことなどへの興味は感じさせなかった。フランケンとの接点は、自分の知らなかった弟を見た気分だった。
携帯が鳴った。
「もしもし?」
しかし、何も声がしない。
「もしもし?」
もう一度言うと、ぷつっと切れた。まさか、きのうの不審な電話をかけてきた相手ではないんだろうかと不安になる。
書類をコピーしていた部下の江崎利香が不思議そうに見ていた。
『タトゥのこと、言ってたよね。ドラゴンアイズって店で、
ランボーはそこで知り合ったやつのタトゥが気に入って、
おんなじの彫ったらしい。ドクロの。おれのサインだと、
写メ送ってきたよ。あんたも店に来いよってすすめられた。
行けなかったけど。』
「課長、総務部長が呼んでいます」と、書類を持ってきた利香が言った。
「総務からって何なんでしょうね」
「どうせ、もっと営業費を減らせってことだろう」と、施納はノートパソコンを閉じた。
きっとどこかで、光起につけられていた傷の写真を送ってきたやつと、つながっているはずだった。フランケンのこと、麻美のこと、さっきの無言電話、いろいろと気になることが多すぎる。
施納が総務へ行くと、案の定、部長から営業費を使い過ぎだとくどくど言われた。さらには前島の営業2課が、もっと少ない費用で成果を上げていると比較され、施納はおもしろくなかった。
そんな気分のときに、廊下で前島とばったり会ったのだ。視線を落とし、そのまま無言で通り過ぎようとした。
前島が小さく声をかけた気がした。施納が足を止め、しぶしぶ顔を向けると、前島が歩み寄って来た。相変わらず明るい色のネクタイをしている。
「このたびは…」
前島が少しためらった後、そう言った。施納は光起のことは、会社の上司にしか言ってなかったが、そういう話はすぐ広がるものだから、おそらく会社中が知っているだろうとは思っていた。
だが、前島とは入社した後の数年は何かと話もしたが、それからはほとんど遠のいていて、話すことも仕事上の会議とかでしかなかったので、こうやって親しげに話すとは思っていなかった。
「それで、何かわかったのか?」
彼は事件の進展を聞いてきた。
「いや…」
施納は首を小さく横に振った。
「そうか。残念だな…。彼、まだ17だったんだろう?」
施納は黙って頷いた。
「麻美も残念がってるよ」
施納は自分でそう言って、どきりとした。が、前島は「そうだろうね」と、気の毒そうな表情を変えることはなかった。
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コメント
1. うまい!
ところで、投票は何回も出来るんでしょうか?
…えっと、揚げ足を取るようで、あれですが…「6」の出だし、「24四」時間営業になっていますよ(汗;)
2. 「ここまで読んだ」ですね(w
謎が深まるっちゅか、それですが、私はいまだに悩むとこです。謎つくりをしてて、それが読み手には行き当たりばったりの印象じゃないのかなあ?とか。今でも考えてしまいますわ〜。
さらに、友人に言わせれば、描写も力が入るとこと手抜きのとこがはっきりしすぎとか(w
ところで大賞の投票は1度きりだと思います。大賞開催中以外はそんなことないと思うんですが。古反故さんとこは月1だそうですね。もちろんすでにポチッとしました!やっぱり順位もいいですね!
3. ちゃんと調べたら