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なにげに

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アフリカの砂漠の名前 <8>


「今日はお早いですね」
 江崎利香が声をかけてきた。施納が帰り支度をしていたからだ。5時半が終業時刻だが、いつも定刻に終わることはほとんどなかった。
「今日はちょっと用があってね。あ、明日朝いちに矢崎工業に確認とって」
「わかりました。10時ですよね、予定は。おつかれさまです」
利香はスケジュールを確認して、笑顔を見せた。

 施納はさっそく、フランケンから教えてもらったタトゥの店へ向った。もうすっかり暗くなっていたが、麻美には帰る時間を言ってなかった。彼が遅く帰ると、麻美は先にすませているからだ。いつもより少し早く帰宅すると、麻美が食事の最中に席をたって、急いで彼の食事の用意をしたりするので、彼はたいてい帰る時間を決めていた。早く帰れそうなときだけは電話を入れるので、麻美が用意して一緒に食べるが、それは休日以外は、月のうち数回だった。だから、急いで帰る必要はなかったのだ。


 ドラゴンアイズという店には、ずらりとタトゥの写真が飾られてあった。どれも実際に皮膚に彫られたものを、クローズアップして写されている。施納が入れ墨と聞いて想像していた龍や牡丹などはなく、マンガ風やポップなロゴや、軽く明るいデザインが多かった。まるでシールのような感覚だ。

「ああ、これはうちでいれてるな」
 ドラゴンアイズの店主の男が、光起の肩のドクロのアップの写真を見て言った。スキンヘッドでごつい風貌や体格だが、南方の民族的羽飾りのついたブレスをつけたその雰囲気は、新しさと自由さを感じさせた。
 その男の腕にもいくつかのタトゥがある。象形文字ふうのものや、太陽や動物を抽象的にしたようなもの、さまざまなものがからまった、アートといってもいいような凝ったデザインだ。

「やめといた方がよくない?」と、男は施納をじろじろ見て言った。
 背広のいかにもサラリーマンが、ドクロのタトゥみたいなものを彫りたがっているのかと思われたようだった。
「いえ、違います」と、あわてて手を振った。

「彼なんですが、覚えてませんか?」
 施納は光起の顔写真を見せた。男はまじまじと見ると、「ああー。ドクロの指輪のやつだろ。そうそう、おれがコータにいれてたときに、この写真の彼が見て、えらく気に入って」と言う。

「コータ?」
「ああ、近沢宏太、よくここへ来るけど」
 また新しい名前を聞いた。それが、フランケンの言ってた知り合いなのだろうか。店主に彼の家をたずねると、住んでるあたりは知っていた。


 近沢宏太の住む地域は、そこからそう遠くないところにあった。歩いて10分ほど、市街地の中でも込み入った路地が残る地域で、古びた家が立ち並ぶ。タトゥ店主が、彼は2階建てのアパートに住んでいるらしい、真っ赤な高級スポーツカーが置いてあるからわかると思うと言っていたが、そのとおり、すぐわかった。

 外に階段がある2階建ての古びた小さなアパート、見たところ、玄関が上下合わせて6つある。アパート前には駐車スペースがあり、車、自転車やバイクが置かれてあったが、その中の1台は、このアパートには不釣り合いな、真っ赤な高級スポーツカーだったからだ。そしてコータは普段、仕事にいくときは車は置いてあるから、あれば留守らしい。

 施納は一応、近沢の名前を探した。2階の階段上がってすぐの扉に、「コータ」と書かれた紙がはってあった。
 外には洗濯機が置かれ、その横にはビールの空き缶がたくさん入ったビニール、不揃いに積まれた雑誌など、ごちゃごちゃと置かれている。
 ここももうすぐ不燃物の日なのだろうかと思うが、その乱雑さは、ここの主の性格をよく表していた。ノックしてみる。やはり返事はなかった。

 すっかり真っ暗だ。7時を過ぎようとしている。いつもなら会社を出る時間だ。「コータ」に会うのをあきらめた施納は帰り道を急ぐ。街灯が定間隔で並んでいるが、この通りはもう人通りがなかった。

 明るい街灯の下を目指すように、ちょうど真ん中あたりの、街灯からはずれた暗い場所にさしかかったとき、かすかな背後の足音に気づいた。スポーツシューズのような、かかとのないやわらかい靴音だ。
 彼が止まって振り返ろうとするのと、足音が走るように近づくのが同時だった。振り上げられる棒のようなものが、かすかに見えた。

「うわっ」
 とっさに手で頭を守ろうとした瞬間、手に痛みが走った。その手を棒のようなもので、打ち付けられたのだ。

 その襲ってきた人影は、彼が手を押さえて身体を曲げたその間に、すぐにそのまま止まることなく走り去って、暗闇に消えた。一瞬のことだった。施納は痛みと恐怖で足が動かなかった。

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