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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

アフリカの砂漠の名前<13>
 そのとき突然、ドアが開いた。

「ごめんごめん、遅くなって」と、女が急いで入った来た。驚いたのは施納だった。

「ここ来る前に、コータに似合いそうなセーター見つけちゃって。カシミア100パーセントの…」
 言いかけて女も気づいた。施納の部下の江崎利香だった。利香は動揺のあまり、買い物袋を思わず落とした。リンゴが転がり、デパートのプレゼント用に包装された箱が見えた。





「横領?」
 通りすがりの女性社員の声が、廊下に置かれた休憩椅子に座っていた施納に聞こえた。女性社員のひとりが施納に気づき、あわててしっというしぐさをし、彼女たちは急ぎ足で通り過ぎた。

 江崎利香は、会社の金横領の容疑で逮捕された。請求書上乗せして、会社の金を着服していた。施納も上司としていろいろ聞かれた。
 そう言えば、総務部長に呼ばれたときも、営業費の使い過ぎと、利益についてだったが、江崎利香はやけに気にしていた。自分の横領がばれないか不安だったんだろう。

 しかし、まさか横領とは、施納もまったく思いもよらなかった。それどころか、弟の件で調べていた先の宏太という男と、江崎利香が関わりがあったのも驚きだ。あまりもの偶然だ。

 偶然、本当に偶然なのだろうかと、ふと疑問がよぎった。が、施納はすぐに打ち消した。会社のために、弟のことが意外なところで役にたったということだ。

 足音に顔を向けると、八木刑事がやってくるところだった。施納は立ち上がってお辞儀した。弟のことで何か進展があったのかもしれない。 

「どうも、施納さん。ご災難続きで…手の怪我の方は大丈夫ですか?聞きましたよ」
 八木が施納の手の包帯を見た。

 先日、施納が近沢宏太のアパートを訪ねて留守だった帰り、何者かに襲われたことがあった。あれは江崎利香がやったと供述した。彼が弟のことで近沢に会いに行ったのを、彼女は自分のことが怪しまれている、横領がばれそうなのかもしれないとあわてて、彼の後をつけたのだった。

「まあ、近沢宏太に貢いでいたってことでしょう。総務部長も経費の数字がおかしいと思ってたそうですが、私も出された後のチェックもするべきでした」
「あなたもあやしんでたんですね」

「え」
 施納は一瞬とまどった。

「江崎利香の男の居場所までつきとめた」と、八木が大きくうなずいた。

 思いもかけない八木の言葉だった。

 弟の光起のことで近沢宏太に会いに行ったことは、何となく言わなかった。近沢宏太が警察にしゃべるかもしれないし、そうしないかもしれないが、彼にはどちらでも良かった。警察がそう思っているのならそれでいい。聞かれたら言うまでだ。今は言わない、そう思っていた。

「あ、そうだ。この件できたんだ。実はこの写真見て下さい」
 八木が胸ポケットから写真を差し出した。

「光起くんが補導されたときの周辺を調べていたんですが、光起くんの事件のまあ、2週間後ということになりますが、失踪した男がいまして」

 施納は手渡された写真を見た。見知らぬ若い男のスナップ写真のようだった。

「伊勢崎雅人という男です。塗装業をしているそうですが、見覚えありませんか?実は、彼は光起くんと関係があったんですよ。以前、といっても2年ほど前なんですが、一緒に補導されているんです。まあ、昔のことですし、今は真面目に仕事をしていたそうなんで、今回の件とは関係はないと思うんですが」

 施納は首をかしげた。写真の若い男は豪快に笑っている。どこかで見たような気もしたが、思い出せなかった。

          *            *

 マンションのエレベーターが開く。施納は乗り込むと3階のボタンを押した。

 そして首をゆっくりとぐるぐるまわす。いつもの習慣だ。手には新聞と郵便をいくつか持っている。ここまで戻ると、1日が終わった安堵感で緊張がほぐれる。今日はいくつかわかったことがあったので、彼は少し満足していた。

 扉が閉まる寸前に、人が急いで走り込んできた。施納はまだ首をまわしている。無言の空間。
 かたかたと揺れる音に、またあの夢を思い出した。エレベーターが落ちる夢だ。

     「もう一度やりなおしたい?」

 まるで耳元でささやかれるほど近くで、女の声が聞こえた。あの言葉の意味を考える。これまでも何度かふと思い出すたびに考えていたが、エレベーターが3階で開いたときは、ばかげていると、ため息とともに消し去るのだった。

 エレベーターを降りたとき、施納はなんとなく気配を感じて振り返った。そのとき、閉まるエレベーターの隙間に、彼をじっと見ているままの茶髪の若い男が見えた。閉まるまで、その視線は、施納をとらえて離さなかった。

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