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再びくぎを打ち出した。瀬里の悲鳴がしたが、彼は必死に金槌を振り下ろした。
そう、いまはもう知っているのだ。身体の傷を写した写真が送られて来たとき、施納は本当に驚いた。なぜなら、送ってきた何者かが、彼が弟を殺したことを知ってるからだと思っていた。
しかもその傷をいつ、何の目的でつけたのかもわからない。いったい誰だ、人探しに躍起になった。だからその写真を送ったものが、エデンのしおりという女性から弟本人だと知ったとき、その傷の意味がようやく理解できた。それは光起自身がつけた傷だったのだと。
* *
施納は「エデン」から戻るとすぐに、もう一度、その送られた写真を並べ替えてみた。机にばらまくと、手当たり次第並べては入れ替えてた。光起が彼に伝えたいことを考える。傷はどれも確かに、光起自身の右手でならつけられる場所にあった。
施納は、裸の光起が自分の右臀部に身体を歪ませて、カッターで『h』と傷をつけている姿を思う。まっすぐ立つと逆さに見える。
そして左腕を上げて、脇腹に自分の向きで、これもまっすぐに立つと人からは逆に見えるが『a』と傷を入れる。
指輪の指につけられていた傷も、彼が自分で入れたのなら『m』ではなく『w』だろう。
左手で右耳を頬の方へくっつけて、後ろに『m』つける。親指の付け根に『o』、左太もも内側に『I』、そして手に持つ骨に『?』と刻む。削っていって歯の形にすると、デジタルカメラでアップで撮る。そして鏡に向い、自分の奥歯にその骨を入れる光起の姿を思い浮かべた。
『この事件の最も重要な鍵は自分だと、アピールしている
ようだとは思いませんか』
八木刑事が傷の写真を見せてそう言った。彼は正しかった。施納はその鍵を手に入れようと、探しまわったのだ。
施納は机に写真を並べ終えた。そして最後の1枚の写真を手に持つ。削った骨の『?』のマークのものだ。光起が彼に伝えたいことを考える。それは光起の生い立ちの疑問に他ならない。それを並べた写真の右端に置いた。
『Who am I?』ー。
『疑問。まさしく問いかけですよ。我々、観客への』
八木刑事の言葉どおり、自分はいったい誰なのか教えてほしいという、光起から施納への問いかけだった。誰も光起に口を閉ざして語らなかったものを、そのせいで、やがて自分が実の父親でもある兄に殺されることを知っていた。知っててすべてを仕組んだのだ。
麻美をたずね、録音したテープをあの脅迫した男にやったのも、図書館から本を借り、カードにネットカフェの電話番号を書いたのも、フランケンに自分の死を予言し、父親の住所を教えたのも、彼の会社の部下の貢いでいる相手を知った上で、タトゥを入れに行ったのも。
それは、十数年ほとんど会うことも、話すこともなかった父親に、自分を知ってもらうためだったのか、施納を悩ませるささやかな復讐のためだったのかはわからないが、彼に疑問を探させた。
高木一哉が事故に遭うことも、アキという女の子が万引きをするだろうことも、すべてを先に知っていたのだ。
『母さん、飛びそうになった洗濯物おさえようとして、あやまって
落ちた…。落ちかけた。まだ手すり押さえてて、助けてって言った
のに』
テープできいた光起の言葉。
『わかるよ。見たんだ』
母親が死ぬことも知っていた。彼らの家系は変な能力がある。それは施納は死人を見ることであり、弟は予知ができることだったのだ。
『あんたこそ、母さんのこと嫌ってたよね』
『嫌ってなんか…』
『おれのことは、もっと嫌いなんでしょ?どうして?』
『何言ってるの!知らない!』
『…知ってるくせに』
テープはそこで止まったが、麻美も薄々、彼と母親の秘密を嗅ぎとっていたのかもしれない。彼女から光起のことを話したことがほとんどない。施納はそれを疎遠だから関心が持てないのかと思っていた。
* *
「知ってる知ってる知ってる知ってる知ってる…」
施納はずっとつぶやいていた。
何度も何度も、ナイフで刺した感触がまざまざと蘇ってくる。雪の日のことだった。
その間も重機を使い、土をすくいあげると、木箱の上にどさりと落とす作業を繰り返す。どんどん落とし、やがて木箱は見えなくなった。もはや瀬里の声も聞こえない。側溝は元の状態に埋められた。
だが、施納は今度は自分が中に入り、まだ必死で土を固める。重機で十分固めていて、そのうえそんなことをしても変わることはないのだが、足で押しつけ、手で叩くことに夢中になっていた。
そのとき、携帯が鳴った。施納の腰のポケットから鳴っている。携帯を取り出し、呼吸を整えた。それは警察の八木からの電話だった。
「わかりました。今日もちょっと仕事のやり残しを思い出したもので、会社に向うところなんですが、今から行きますんで」と、溝から上がり振り返った。
溝は何もなかったようにあとはコンクリートを流し込むだけになっていた。
瀬里の鞄が落ちている。携帯がのぞいていたが、その電源を切ると、鞄ごと近くの林に投げ込んだ。
施納は無表情だ。瞳は焦点があっていない。心がどこかに消え去ったようだった。PR -
あの写真を彼に送りつけたのは、弟の光起本人だったのだ。施納は、真相の核心に近づいていると感じた。
『あなたのおかげで、いろいろわかったことがあります。
今度ぜひ一度お会いして、それをお話したいです。
今度の日曜日にどうですか?
ぜひ返信ください。
返信待っています。お願いします。』
瀬里が久しぶりにパソコンの電源を入れ、メールをチェックすると、施納からのメールが数通来ていた。あわてている様子だ。
光起からの最後のメールをクリックする。そこには父親の居場所がわかったから、今度会いにいこうと思っていると、住所まで書いていた。
瀬里はキーボードを打ち始めた。
* *
公園は強く寒風が吹気抜けている。ゴミ入れも転がり、ゴミくずが風に吹き飛ばされて行く。急ぎ足でやって来た施納は、あたりを見回した。
若い女の子がひとり、寒そうにブランコに座っていた。彼女以外、誰もいない。施納は近づきながら、彼女がフランケンだとすぐにわかった。フランケンからのメールで、今日、この公園で会おうと言ってきたからだ。
「きみが、フランケン?」
彼女は大きく頷いて、ブランコから立ち上がった。
「ランボーのお兄さん?」
彼女もまた、そう言うと、彼をじっと見た。
「別のところへ行こう」
施納はあたりをきょろきょろと見回した。
「つけられてる」
「え?」
驚いた様子だった。
「最近、ずっとつけてくるやつがいる。伊勢崎雅人とかいう男なんだけどね、前に光起が、補導されたときの関係者らしい」
「なんでつけてくるの?」
「襲ってきたんだ」
そう言うと、彼は驚いたままの顔をした彼女の手を、強引に引っ張った。
施納は彼女を連れて必死に走った。施納の会社が関係している、彼も部下の国沢と見に来たマンション建設現場まで来た。そこにも人はいない。重機も置かれたままになっている。彼らは鉄骨の影まで走って来た。
「どうして、その伊勢崎って人が、施納さんを襲うの?」
荒い息を整えながら彼女が言った。
「そいつが犯人だと思わないの?」
施納が大きく息をした。
「そんなはずがない」と、彼女は首を振る。
「どうしてそう思うの?」
「だって、…あの、ランボーの最後のメールに、なんてあったと思う?」
彼は何も言わない。彼女が振り向こうとした。
そのときだ。施納はいきなり、瀬里を殴りつけた。
施納はまだコンクリートが流し込まれてない、側溝をさらに深く掘ったところに置かれた細長い木箱にクギを打ち付ける。中から声がした。
「やめて!出して!どうしてこんなことするの!」
フランケンという女の叫ぶ声と、木箱を中から叩く音がする。
「どうしてランボーを殺さないといけなかったの!?」
施納はクギを打つことを止めない。手袋、金槌、釘、すべて用意してきたのはこのためだ。塞がなくてはならなかった。
「ランボーが、光起くんが施納さんの子供だから!?」
施納の手が止まった。
「私、ランボーのお父さんに会いに行った。住所知ってたから。お父さんが、あなたとお母さんのこと教えてくれた」
施納の身体が震えていた。すっかりおびえている。
* *
「ねえ、お父さんの居場所、知ってる?」
最後に補導されたときの光起を、引き受けに行った帰り道のことだ。施納は突然のことで驚いた。光起がこれまで父親のことを言ったことはなかったからだ。それに離婚した16年前から会ったことはなかった。一度、母親の葬儀に来ていただけで、付き合いはまったくなかった。
「知らない。どうしたんだ、急に」
「お父さんの住所調べてるんだよ」
「なんで」
「なんでって、お父さんじゃない」
そう言うと、光起はにこっと笑った。
* *
父親は疑っていた。もし父親に会いに行けば、父親は母と自分のこと、そして彼の出生の疑いを口にするだろう。だからそのとき、施納は決意したのだ。すべての秘密を葬り去ろうと。
「それにランボーは知ってた。実はおれには予知ができる、まだ起こってないことを見ることができる。子供の頃からそうなんだって。殺されることも知ってた。だから最後に、おれはいったい何者なのか聞いてやりたいって」
細長い木箱の中から、彼女のこもった声が聞こえてくる。
施納は金槌を握りなおした。
「知ってる」 -
繁華街も夜になると、ネオンが溢れ一変する。行き交う酔客、客を待ち並ぶタクシー、昼間とは違う賑わいがある。
施納は街を歩く人々を気にしながら歩いた。この中の誰かは、もう死んでいる人なのだろうか、死人が見えているのだろうかと思う。
通り過ぎる人の中には、じっと見るそんな彼を、不審そうに振り返る人もいた。
死人が見える能力。彼は半信半疑のままだ。今でも街の人々は、いたって普通にしか見えなかった。
もしかしたらー。施納は、弟のことを思った。そんな能力があるのなら、弟の光起の姿も見えるのではないか。彼は立ち止まった。
いったん目を閉じ、大きく息をはいて、開けた。
なにも変わらない。彼は再び大きく息をつき、歩き出した。どこかでバカげていると、笑う自分がいた。
施納は近沢宏太からもらったマッチを持ち、店を探して歩いていた。
行き過ぎる人の中に、彼をじっと見る視線があった。施納はあの警察が行方を捜している伊勢崎雅人だとすぐにわかった。一瞬で通り過ぎた。
「おい!」
施納はあわてて追おうとするが、人込みの中、見失ってしまった。
なぜ伊勢崎雅人は、いつも自分をつけているのだろうと思う。あの男との接点は何もないはずだった。だが、光起と一緒に補導されたことがあったのは、偶然なんだろうか。このつながりはいったい何なのだろうかと、気になった。
『エデン』はネオン溢れる街の一角にある、ビルの中の小さな店だった。店に入ると数人の着飾った女性が笑顔で迎えた。近沢宏太の紹介で来たことを告げると、しおりという女性が現れた。
「そうなの…。2回、来たけど…お気の毒ねえ、お兄さん」
女性は紫系のマニキュアの指にはさんだ煙草を吸った。施納が弟が亡くなったことと、近沢宏太にここに行ってみろと言われたことを話したのだ。
「コータもバカねえ、やばいことやったんでしょ?」と、酒を注いだグラスに氷を入れ、かきまわす。胸元が大きく開いたショッキングピンクの、派手なドレスを着ている。
「光起くん、かわいかったな。お兄さんと似てる」と、こびるような営業用の微笑みを見せた。27、8だろうか。「17か、やっぱりねえ。高校生ぐらいだと思った」
「しおりさん、弟は何でこちらに?」
「そうよねえ、高校生なんだもんね」しおりはふふっと笑った。「ねえ、お父さんとは、むかーし離婚して以来、会ってないんだって?」
「ええ、まあ」
弟がそんなことを、この女性に話しているのは意外だった。
「あ、そうそう、一度だけ会ったんだっけ。お母さんが亡くなったとき、お葬式に来たって言ってた。お母さんの棺の前で、お父さんの手を握ろうとしたけど、はじかれたって。とっても冷たい手だったって」
「…そんなことをあなたに?」
「私なんか相手だと、いろいろ話しやすかったんじゃないの?若いなあ、お父さんに愛されてなかったって悩んで。私もそんな時期があったけど昔のことだなあ。あーあ、なんかややこしいよね。おもしろおかしくお酒でも飲んでたら、つまんないことなんてすぐ忘れるのに…って、彼、まだ未成年だったんだ」と、お酒を飲んで笑う。
「弟は、あなたにご面倒をおかけしたんじゃないですか?」
「はっきり言っていいのよ。お金のことでしょ?コータが貸してやってくれって頼んできたんだけど、むかつくやつよねえ。光起くんみたいなかわいいコだったら、貸さない」と、にやりと施納の反応をうかがった。そして「あげちゃう」と言うと、ケラケラと笑った。
「頼まれたら断れないじゃない。コータったらわかってるくせに。だからコータに貢いでた女の人にも同情しちゃう。愛されたくて、ひきとめたくてそうしてしまう。お金でしかそうできないのが、ほーんとバカなんだけど」
「…はあ」
「ああ、話がそれちゃったけど、彼はそのお父さんに会いにいきたいって言うのよ」
「それでお金を?」
「いくらお金をあげたと思う?」と、しおりは煙草の灰を灰皿に落とした。
「ゼロよ」
「え?」
「もういいって、やっぱりもう遅いって、お金を受け取らなかった。そうよねえ、もう10年も前じゃあねえ」
「そうですか」
「お金欲しいって言ったらあげたのに、でも彼はそうしなかった。うれしかったな。バカみたいでしょ。高校生のコの言葉に喜んでるなんて」
「いえ…。それで、結局彼は父親に会いに行かなかったんでしょうか?」
「さあねえ。お父さんに聞いてみれば?お兄さんはお父さんの居場所、知ってるんでしょ?」
「いえ、知りません」
「そうなんだ。彼、メル友に住所教えたって言ってたから、当然お兄さんにもって思ってたけど」
「メル友?」
「そう、えーと、なんだっけ、怪物みたいな名前だったな、ドラキュラじゃなくて」
「フランケン」
施納にはとうにわかっていた。
「そう、それそれ。知ってるんだ。その人に聞いて、彼の分も会ってあげてきてよ」
「そうします。どうも」と、施納は立ち上がった。しおりが作った酒に口もつけてなかった。
「あの、バレンタインイベントを今度、店でやるので、そのときにご案内を差し上げたいので、ご住所を」
「いえ」
施納にはもう、この店に来る気はなかった。
「お願い。これもノルマがあるの」と、しおりは強引に紙と鉛筆を出した。施納は座りなおして、あわただしくそこに書く。見ていたしおりが身をのりだした。
「あ、これ。あなただったんだ。この漢字、せのうって読むんだ。なんて読むのかと思ってた」
「え?」
「光起くんから手紙来たでしょ?彼がここに来たときに、私に手紙のあて先書いてって言われて」
施納は驚愕した。
「弟が?」
「それで3日後に投函してほしいって頼まれたの私なの。友達にだと思ってた。名字違うし」
「中身は、見た?」
彼は頭がぐるぐるまわる気分だった。
「ううん、何だったの?」
興味ありげにしおりが聞くが、施納にはその声が遠くに聞こえた。
「ねえ、何のゲームだったの?」
しおりはまたそう言って、ケラケラと笑った。