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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

アフリカの砂漠の名前<21>
 繁華街も夜になると、ネオンが溢れ一変する。行き交う酔客、客を待ち並ぶタクシー、昼間とは違う賑わいがある。

 施納は街を歩く人々を気にしながら歩いた。この中の誰かは、もう死んでいる人なのだろうか、死人が見えているのだろうかと思う。
 通り過ぎる人の中には、じっと見るそんな彼を、不審そうに振り返る人もいた。

 死人が見える能力。彼は半信半疑のままだ。今でも街の人々は、いたって普通にしか見えなかった。

 もしかしたらー。施納は、弟のことを思った。そんな能力があるのなら、弟の光起の姿も見えるのではないか。彼は立ち止まった。

 いったん目を閉じ、大きく息をはいて、開けた。

 なにも変わらない。彼は再び大きく息をつき、歩き出した。どこかでバカげていると、笑う自分がいた。

 施納は近沢宏太からもらったマッチを持ち、店を探して歩いていた。

 行き過ぎる人の中に、彼をじっと見る視線があった。施納はあの警察が行方を捜している伊勢崎雅人だとすぐにわかった。一瞬で通り過ぎた。

「おい!」
 施納はあわてて追おうとするが、人込みの中、見失ってしまった。

 なぜ伊勢崎雅人は、いつも自分をつけているのだろうと思う。あの男との接点は何もないはずだった。だが、光起と一緒に補導されたことがあったのは、偶然なんだろうか。このつながりはいったい何なのだろうかと、気になった。

 『エデン』はネオン溢れる街の一角にある、ビルの中の小さな店だった。店に入ると数人の着飾った女性が笑顔で迎えた。近沢宏太の紹介で来たことを告げると、しおりという女性が現れた。

「そうなの…。2回、来たけど…お気の毒ねえ、お兄さん」

女性は紫系のマニキュアの指にはさんだ煙草を吸った。施納が弟が亡くなったことと、近沢宏太にここに行ってみろと言われたことを話したのだ。

「コータもバカねえ、やばいことやったんでしょ?」と、酒を注いだグラスに氷を入れ、かきまわす。胸元が大きく開いたショッキングピンクの、派手なドレスを着ている。

「光起くん、かわいかったな。お兄さんと似てる」と、こびるような営業用の微笑みを見せた。27、8だろうか。「17か、やっぱりねえ。高校生ぐらいだと思った」

「しおりさん、弟は何でこちらに?」
「そうよねえ、高校生なんだもんね」しおりはふふっと笑った。「ねえ、お父さんとは、むかーし離婚して以来、会ってないんだって?」
「ええ、まあ」
弟がそんなことを、この女性に話しているのは意外だった。

「あ、そうそう、一度だけ会ったんだっけ。お母さんが亡くなったとき、お葬式に来たって言ってた。お母さんの棺の前で、お父さんの手を握ろうとしたけど、はじかれたって。とっても冷たい手だったって」
「…そんなことをあなたに?」

「私なんか相手だと、いろいろ話しやすかったんじゃないの?若いなあ、お父さんに愛されてなかったって悩んで。私もそんな時期があったけど昔のことだなあ。あーあ、なんかややこしいよね。おもしろおかしくお酒でも飲んでたら、つまんないことなんてすぐ忘れるのに…って、彼、まだ未成年だったんだ」と、お酒を飲んで笑う。

「弟は、あなたにご面倒をおかけしたんじゃないですか?」
「はっきり言っていいのよ。お金のことでしょ?コータが貸してやってくれって頼んできたんだけど、むかつくやつよねえ。光起くんみたいなかわいいコだったら、貸さない」と、にやりと施納の反応をうかがった。そして「あげちゃう」と言うと、ケラケラと笑った。

「頼まれたら断れないじゃない。コータったらわかってるくせに。だからコータに貢いでた女の人にも同情しちゃう。愛されたくて、ひきとめたくてそうしてしまう。お金でしかそうできないのが、ほーんとバカなんだけど」
「…はあ」

「ああ、話がそれちゃったけど、彼はそのお父さんに会いにいきたいって言うのよ」
「それでお金を?」

「いくらお金をあげたと思う?」と、しおりは煙草の灰を灰皿に落とした。
「ゼロよ」
「え?」

「もういいって、やっぱりもう遅いって、お金を受け取らなかった。そうよねえ、もう10年も前じゃあねえ」
「そうですか」

「お金欲しいって言ったらあげたのに、でも彼はそうしなかった。うれしかったな。バカみたいでしょ。高校生のコの言葉に喜んでるなんて」
「いえ…。それで、結局彼は父親に会いに行かなかったんでしょうか?」
「さあねえ。お父さんに聞いてみれば?お兄さんはお父さんの居場所、知ってるんでしょ?」
「いえ、知りません」

「そうなんだ。彼、メル友に住所教えたって言ってたから、当然お兄さんにもって思ってたけど」
「メル友?」

「そう、えーと、なんだっけ、怪物みたいな名前だったな、ドラキュラじゃなくて」
「フランケン」
施納にはとうにわかっていた。

「そう、それそれ。知ってるんだ。その人に聞いて、彼の分も会ってあげてきてよ」
「そうします。どうも」と、施納は立ち上がった。しおりが作った酒に口もつけてなかった。

「あの、バレンタインイベントを今度、店でやるので、そのときにご案内を差し上げたいので、ご住所を」
「いえ」
施納にはもう、この店に来る気はなかった。

「お願い。これもノルマがあるの」と、しおりは強引に紙と鉛筆を出した。施納は座りなおして、あわただしくそこに書く。見ていたしおりが身をのりだした。

「あ、これ。あなただったんだ。この漢字、せのうって読むんだ。なんて読むのかと思ってた」
「え?」

「光起くんから手紙来たでしょ?彼がここに来たときに、私に手紙のあて先書いてって言われて」
施納は驚愕した。
「弟が?」

「それで3日後に投函してほしいって頼まれたの私なの。友達にだと思ってた。名字違うし」

「中身は、見た?」
彼は頭がぐるぐるまわる気分だった。

「ううん、何だったの?」
興味ありげにしおりが聞くが、施納にはその声が遠くに聞こえた。

「ねえ、何のゲームだったの?」
しおりはまたそう言って、ケラケラと笑った。

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