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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

アフリカの砂漠の名前<23>
 再びくぎを打ち出した。瀬里の悲鳴がしたが、彼は必死に金槌を振り下ろした。

 そう、いまはもう知っているのだ。身体の傷を写した写真が送られて来たとき、施納は本当に驚いた。なぜなら、送ってきた何者かが、彼が弟を殺したことを知ってるからだと思っていた。

 しかもその傷をいつ、何の目的でつけたのかもわからない。いったい誰だ、人探しに躍起になった。だからその写真を送ったものが、エデンのしおりという女性から弟本人だと知ったとき、その傷の意味がようやく理解できた。それは光起自身がつけた傷だったのだと。

    *        *

 施納は「エデン」から戻るとすぐに、もう一度、その送られた写真を並べ替えてみた。机にばらまくと、手当たり次第並べては入れ替えてた。光起が彼に伝えたいことを考える。傷はどれも確かに、光起自身の右手でならつけられる場所にあった。

 施納は、裸の光起が自分の右臀部に身体を歪ませて、カッターで『h』と傷をつけている姿を思う。まっすぐ立つと逆さに見える。

 そして左腕を上げて、脇腹に自分の向きで、これもまっすぐに立つと人からは逆に見えるが『a』と傷を入れる。

 指輪の指につけられていた傷も、彼が自分で入れたのなら『m』ではなく『w』だろう。

 左手で右耳を頬の方へくっつけて、後ろに『m』つける。親指の付け根に『o』、左太もも内側に『I』、そして手に持つ骨に『?』と刻む。削っていって歯の形にすると、デジタルカメラでアップで撮る。そして鏡に向い、自分の奥歯にその骨を入れる光起の姿を思い浮かべた。
 
 
    『この事件の最も重要な鍵は自分だと、アピールしている
    ようだとは思いませんか』


 八木刑事が傷の写真を見せてそう言った。彼は正しかった。施納はその鍵を手に入れようと、探しまわったのだ。

 施納は机に写真を並べ終えた。そして最後の1枚の写真を手に持つ。削った骨の『?』のマークのものだ。光起が彼に伝えたいことを考える。それは光起の生い立ちの疑問に他ならない。それを並べた写真の右端に置いた。

『Who am I?』ー。


    『疑問。まさしく問いかけですよ。我々、観客への』


 八木刑事の言葉どおり、自分はいったい誰なのか教えてほしいという、光起から施納への問いかけだった。誰も光起に口を閉ざして語らなかったものを、そのせいで、やがて自分が実の父親でもある兄に殺されることを知っていた。知っててすべてを仕組んだのだ。

 麻美をたずね、録音したテープをあの脅迫した男にやったのも、図書館から本を借り、カードにネットカフェの電話番号を書いたのも、フランケンに自分の死を予言し、父親の住所を教えたのも、彼の会社の部下の貢いでいる相手を知った上で、タトゥを入れに行ったのも。

 それは、十数年ほとんど会うことも、話すこともなかった父親に、自分を知ってもらうためだったのか、施納を悩ませるささやかな復讐のためだったのかはわからないが、彼に疑問を探させた。

 高木一哉が事故に遭うことも、アキという女の子が万引きをするだろうことも、すべてを先に知っていたのだ。

    『母さん、飛びそうになった洗濯物おさえようとして、あやまって
    落ちた…。落ちかけた。まだ手すり押さえてて、助けてって言った
    のに』

 テープできいた光起の言葉。

    『わかるよ。見たんだ』

 母親が死ぬことも知っていた。彼らの家系は変な能力がある。それは施納は死人を見ることであり、弟は予知ができることだったのだ。

    『あんたこそ、母さんのこと嫌ってたよね』
    『嫌ってなんか…』
    『おれのことは、もっと嫌いなんでしょ?どうして?』
    『何言ってるの!知らない!』
    『…知ってるくせに』

 テープはそこで止まったが、麻美も薄々、彼と母親の秘密を嗅ぎとっていたのかもしれない。彼女から光起のことを話したことがほとんどない。施納はそれを疎遠だから関心が持てないのかと思っていた。

    *         *

「知ってる知ってる知ってる知ってる知ってる…」

 施納はずっとつぶやいていた。

 何度も何度も、ナイフで刺した感触がまざまざと蘇ってくる。雪の日のことだった。

 その間も重機を使い、土をすくいあげると、木箱の上にどさりと落とす作業を繰り返す。どんどん落とし、やがて木箱は見えなくなった。もはや瀬里の声も聞こえない。側溝は元の状態に埋められた。

 だが、施納は今度は自分が中に入り、まだ必死で土を固める。重機で十分固めていて、そのうえそんなことをしても変わることはないのだが、足で押しつけ、手で叩くことに夢中になっていた。

 そのとき、携帯が鳴った。施納の腰のポケットから鳴っている。携帯を取り出し、呼吸を整えた。それは警察の八木からの電話だった。

「わかりました。今日もちょっと仕事のやり残しを思い出したもので、会社に向うところなんですが、今から行きますんで」と、溝から上がり振り返った。

 溝は何もなかったようにあとはコンクリートを流し込むだけになっていた。

 瀬里の鞄が落ちている。携帯がのぞいていたが、その電源を切ると、鞄ごと近くの林に投げ込んだ。

 施納は無表情だ。瞳は焦点があっていない。心がどこかに消え去ったようだった。 
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