『伊勢崎雅人という名前は知らない。だが、ランボーは絶対人を
傷つけるようなやつじゃない。
直接会ってもないし、1年ぐらいのメールだけの付き合いだけど、
これだけははっきり言えるよ。
メールって直に話すのと違って、打ちながら考える時間がある。
そして直に話すのと違って、顔の表情が見えない分、ここは笑
ってもらうとことか、こう書くと向こうがどういう気持ちにな
るかとか、誤解されないかとか、もういろいろ考えるから、た
とえ1行だったとしても、そこに入れてる気持ちは強いんだ。
だからこそ、相手が見えてくることもある。
自分たちの話題はオカルト心霊現象や、不思議な体験話とか、そ
んな話ばっかだった。本当は自分はそんなもの、ちっとも信じて
ないんだ。現実にはあり得ないものがあるって思ってるのが楽だ
ったから、信じてるフリをしていた。
今、すごく後悔してるよ。ランボーと、好きな食べものとか好き
な映画、好きな音楽とか好きな人とか、もっとそんなことも話せ
ばよかったって。』
* *
「映画とか、いっしょに見たことなかったな」
施納はフランケンからのメールを思い出し、ふと麻美に言った。
彼女は玄関で靴をはきながら振り向いた。「なに、それ。無理ありすぎ」と、笑う。
麻美とは結婚して7年になるが、いっしょに何かをするということがなかった。もちろん、買い物とか彼が車を運転していっしょに出かけることもあるが、彼は彼女の用が終わるまで本屋などで過ごし、別行動だった。
子供がいれば違っただろうかと時々思う。しかし、彼女は子供が欲しいとか言ったこともない。このマンションに引っ越してきてからは、部屋数があったこともあり、2人は寝室を別々にしている。
初めの頃は、彼女が彼のベッドにやってきたりもした。が、彼は寝たふりをしてやり過ごした。そしてそのうち、互いにドアはノックしなくなった。
麻美は何も文句も言わないし、落ち着いた、変化のない毎日に施納は満足していた。結婚して7年だ、どこの夫婦もこんなものだろうと思っていた。
そう、このあいだの麻美の嘘までは。嘘をつくにはそれなりの理由がなくてはならない。
「日曜までビーズ教室?」
「趣味が違ってすいませんね。あ、予約忘れた。炊飯器のスイッチ、6時ぐらいにいれといてね」
麻美は屈託なく笑うと、扉を開けた。ごつんと音がした。外の扉の横に置いたままになっている雑誌の束に当たったのだ。
「ああもう、こんなに早く置いとくんじゃなかった。明日までは我慢しなくちゃ」
そう言いながら、扉を閉めた。
家の電話が鳴った。
「はい、施納ですが」応答がない。だが、どこかにつながってる。「もしもし?」もう一度聞く。しばらく無言の間があってプツリと切れた。
『アサミッテ、オマエガオモッテモミナイホド、トンデモナイ
ミニクイオンナナンダヨ、シッテルカ?』
そう言ったこのあいだのやつだろうか。嘘をつくにはそれなりの理由がある。施納は急いでコートを抱えた。
麻美は急いでいるようだった。信号を渡ると、ビーズ教室とは違う方へ向って歩く。コートの襟をたて、長いブーツのヒールの音をたてて大股で歩いていく。
彼女はいったい何を考えているのだろうか、その急ぐ後ろ姿を追いながら、まるで見知らぬ他人でも見るようだった。麻美が首を傾ける。腕時計を見た。信号を急いで渡った。施納も後を行こうとした。
「どうぞー」
女の子が慣れた様子で、素早くティッシュを差し出した。施納は手を少し上げて断ったが、目を離した隙に、麻美の姿を見失った。あたりを見回しながら走りだそうとしたとき、横の店から男が出てきて、足が止まった。女の子がその男にもティッシュを渡す。
「どうも」と、男は受け取った。施納はここで会うとは思いもしなかった、いや、思っていたとおりの姿を見つけた。
傷つけるようなやつじゃない。
直接会ってもないし、1年ぐらいのメールだけの付き合いだけど、
これだけははっきり言えるよ。
メールって直に話すのと違って、打ちながら考える時間がある。
そして直に話すのと違って、顔の表情が見えない分、ここは笑
ってもらうとことか、こう書くと向こうがどういう気持ちにな
るかとか、誤解されないかとか、もういろいろ考えるから、た
とえ1行だったとしても、そこに入れてる気持ちは強いんだ。
だからこそ、相手が見えてくることもある。
自分たちの話題はオカルト心霊現象や、不思議な体験話とか、そ
んな話ばっかだった。本当は自分はそんなもの、ちっとも信じて
ないんだ。現実にはあり得ないものがあるって思ってるのが楽だ
ったから、信じてるフリをしていた。
今、すごく後悔してるよ。ランボーと、好きな食べものとか好き
な映画、好きな音楽とか好きな人とか、もっとそんなことも話せ
ばよかったって。』
* *
「映画とか、いっしょに見たことなかったな」
施納はフランケンからのメールを思い出し、ふと麻美に言った。
彼女は玄関で靴をはきながら振り向いた。「なに、それ。無理ありすぎ」と、笑う。
麻美とは結婚して7年になるが、いっしょに何かをするということがなかった。もちろん、買い物とか彼が車を運転していっしょに出かけることもあるが、彼は彼女の用が終わるまで本屋などで過ごし、別行動だった。
子供がいれば違っただろうかと時々思う。しかし、彼女は子供が欲しいとか言ったこともない。このマンションに引っ越してきてからは、部屋数があったこともあり、2人は寝室を別々にしている。
初めの頃は、彼女が彼のベッドにやってきたりもした。が、彼は寝たふりをしてやり過ごした。そしてそのうち、互いにドアはノックしなくなった。
麻美は何も文句も言わないし、落ち着いた、変化のない毎日に施納は満足していた。結婚して7年だ、どこの夫婦もこんなものだろうと思っていた。
そう、このあいだの麻美の嘘までは。嘘をつくにはそれなりの理由がなくてはならない。
「日曜までビーズ教室?」
「趣味が違ってすいませんね。あ、予約忘れた。炊飯器のスイッチ、6時ぐらいにいれといてね」
麻美は屈託なく笑うと、扉を開けた。ごつんと音がした。外の扉の横に置いたままになっている雑誌の束に当たったのだ。
「ああもう、こんなに早く置いとくんじゃなかった。明日までは我慢しなくちゃ」
そう言いながら、扉を閉めた。
家の電話が鳴った。
「はい、施納ですが」応答がない。だが、どこかにつながってる。「もしもし?」もう一度聞く。しばらく無言の間があってプツリと切れた。
『アサミッテ、オマエガオモッテモミナイホド、トンデモナイ
ミニクイオンナナンダヨ、シッテルカ?』
そう言ったこのあいだのやつだろうか。嘘をつくにはそれなりの理由がある。施納は急いでコートを抱えた。
麻美は急いでいるようだった。信号を渡ると、ビーズ教室とは違う方へ向って歩く。コートの襟をたて、長いブーツのヒールの音をたてて大股で歩いていく。
彼女はいったい何を考えているのだろうか、その急ぐ後ろ姿を追いながら、まるで見知らぬ他人でも見るようだった。麻美が首を傾ける。腕時計を見た。信号を急いで渡った。施納も後を行こうとした。
「どうぞー」
女の子が慣れた様子で、素早くティッシュを差し出した。施納は手を少し上げて断ったが、目を離した隙に、麻美の姿を見失った。あたりを見回しながら走りだそうとしたとき、横の店から男が出てきて、足が止まった。女の子がその男にもティッシュを渡す。
「どうも」と、男は受け取った。施納はここで会うとは思いもしなかった、いや、思っていたとおりの姿を見つけた。
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