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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

アフリカの砂漠の名前<18>
 テープが回りだす音がし始めた。


    『そうよ、けっこう広いでしょ?引っ越してよかったわ』


 最初に聞こえた声は麻美のものだった。


    『でも、どうしたの?いきなり何?』


 誰かと話している。施納は集中するように目を閉じた。


    『前の家にも来たこともなかったのに、突然やってきたと
    思ったら。今頃なに?もう10年も前のことじゃない』

    『どうしても言っておかないと、と思って』


 施納は驚いて目を開けた。光起の声だった。この家には来たことがないと思っていた弟だった。


    『おれが言わなかったら、誰にもわからないよね。あんたが
    母さんを見殺しにしたの』

 
 その言葉は衝撃だった。「それを聞いてもそんな気分でいられるのかねえ」と男はにやりとしたが、それは正しかったのかもしれない。

 施納の脳裏にあの日のことが蘇る。10年前のセミの声がうるさい、暑い夏の日のことだった。

 その頃、施納は今の建設会社に就職し、ようやく仕事にも慣れてきていた。母は離婚してから、マンションで光起と暮らしていた。同じような棟が10ほど並んだ大きな団地の一角の7階だった。

 施納は大学に入って家を出てからは、1人住まいをしていた。高校時代から付き合っていた麻美は同じ団地にいたが、彼女も大学は別の県で、就職で地元に戻ってきたのだった。そのため、施納と久しぶりに母親を訪ねようと、彼女が提案したのだ。そのうち結婚することも報告しておきたいと言った。施納はまだ早いと思ったが、彼女に言われるままに、マンションに行く約束をした。

 彼がマンションのドアを開けたとき、麻美が蒼白になって「お母さんが!お母さんが!」と、走り寄ってきた。
 しがみついてきた麻美の背後、正面の窓が開いていて、カーテンが風に揺れている。そこのベランダの洗濯物もまた、風に揺れていた。入道雲が見え、セミの声がけたたましかった。

 施納はぎゅっと口を閉じた。


    『母さん、飛びそうになった洗濯物おさえようとして、
    あやまって落ちた…。落ちかけた。まだ手すり押さえて
    て、助けてって言ったのに』


 テープの光起の声が続く。


    『なんでそんなのわかるのよ!』

    『わかるよ。見たんだ』

    『見た?嘘!あなたそこにいなかったくせに。小学生に
    なったばかりだったでしょ。虫とりに出かけてたじゃない』


 光起は当時7歳だった。確かにそこにはいなかった。


    『私が嫌いだからってそんなでたらめ…』

    『あんたこそ、母さんのこと嫌ってたよね』

    『嫌ってなんか…』

    『おれのことは、もっと嫌いなんでしょ?どうして?』

    『何言ってるの!知らない!』


施納は聞き入った。


    『…知ってるくせに』

 光起の話の途中で、突然、テープが止まった。本当はこの先がまだあったはずだった。


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