24時間営業のパピーという店には、若者たちの姿があった。漫画文庫がずらりと並び、また、個室も数多くある。
店員によると、電話してくるのは個室の予約のためだという。施納は真城光起という名前が、予約名簿に残っているのを確かめた。
死ぬ前までかなり頻繁にここへ来ていた。ほとんどネットをやっていたという。祖母が、これ以上彼が悪くなってはいけないと、携帯やパソコンを禁じていたせいだろう。
施納は、光起が最後に来たときに使った部屋を借りた。テレビと机、そしてパソコンが置いてあるだけの、部屋というよりむしろ狭いブースだ。彼はここに来ると、たいていは深夜から朝までいた。朝には無料サービスのモーニングを食べてから帰ったようだった。
施納はさっそくパソコンのメールを開けてみたり、インターネットの履歴を見たりした。様々な内容がバラバラにあり、メールにしてもどこかのホームページへの書き込みでも、すべて実名などない。もしかしたら真城光起という名前を見つけられるかもしれないという考えは、甘いものだったと悟った。
だが履歴は、ずいぶん前の日付けも残っていた。店員が最近はパソコンや携帯をみんな持ってるので、勉強部屋がわりに使われることが多くなっていて、必ずしもネットを見ているわけではないと言っていた。
施納は光起がやってきた日と時間をチェックし、その日のネットの履歴のアドレスを書き留めながら、片っ端から開いていった。もしかしたら何かわかるかもしれないと思ったからだ。しかし容易ではないのは確かだった。
16も年下の弟だ。33歳の施納には、弟がいったい何に関心があったかなど、まるで検討がつかなかった。
だが、履歴から開いたひとつのサイトが目に止まった。黒い背景に気味悪い写真が貼られている。制服姿の集合写真のそれぞれの顔の目のところは黒く隠されているが、それをよく見ると、非現実的に奇妙な顔が写っている写真だ。
図書館で女子高生が持っていた死体写真が思い浮かんだ。こういうものに興味を持つ若者は多いのかもしれないと思い、サイトをよく見ると、心霊系や超常現象など現実にはあり得ないようなものを扱っているらしかった。
リンクされているブログをのぞく。そこには嘘か本当か、様々な恐ろしい話を書き込んだもので溢れていた。その中のひとつに施納の目が止まる。
ネット上では誰もが何らかのニックネームや仮の名前を使っているが、『ランボー』というものを見つけたのだ。あの詩人の生涯の本と重なり、気になった。
『人を殺すには、どういう動機があると思う?』
『ランボー』は、そう問いかけていた。そこに、『もう存在してほしくないくらい憎いから』と答えている者がいた。名前欄には『フランケン』とある。メールとリンクはされてなかった。
それまでの書き込みの過去ログでも『ランボー』と『フランケン』での書き込みが度々あった。どれも具体的な生活を見せない、内面世界の問いかけだった。他のどの書き込みもまったく現実の生活感はなかった。
たいていの大人なら、こんなことに熱心になるより、その分勉強しろと言うだろう。施納にとってもほとんど無駄にさえ思える、理解しがたい世界だった。
だが、『ランボー』が気になった。これが光起であるかどうかを知る術はないか考え、試しにフランケン宛てに『おれの肩の入れ墨のこと、言ったっけ?』と打ち込んだ。そして、名前は『ランボー』とした。
それから10分ほどだっただろうか、施納が他の履歴サイトも確認して、またそのブログをのぞいたとき、彼の書いた下にもうレスと呼ばれる返信があった。
『ドクロのことだろう?』
と、『フランケン』が書き込んであった。そのため、施納はこの『ランボー』は光起だったのだと確信した。動悸が高まる。
そしてすぐに、『フランケン』宛てに、個人的に聞きたいことがあるので、メールアドレスを教えてほしいと書き込んだ。
しかし、それから1時間ほど定期的にのぞいたが、返信はなかった。『ランボー』がたずねるべきことではなく、『フランケン』が怪しんだのかもしれない。
彼は疲れて両目を押さえた。もうずっと画面を見ていたのだ。ため息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。
* *
マンションの隣の家の扉横には、相変わらず三輪車が置かれたままだった。だが、今日は施納の家の前にもいろいろ置かれている。彼はドアを開ける前に、それらをまじまじと見た。彼が用意しておいたものもまじっている。古い雑誌、互換性なくなった古いパソコンソフト、壊れたままのCDラジカセ、収納ボックスのようなもの、マット、電池、缶や瓶類、化粧品の空瓶などが見えた。
彼はその中にあったひとつの小さなものを拾いあげた。目の前にかざして見る。精巧に作られた鳥のフィギュアだ。
光起の部屋の本棚の前にも、こんな鳥やら動物がいろいろ置いてあったのを思い出し、瞬間、光起がここに来たのかと思ったが、来たことはないはずだった。それどころか、引っ越す前のところにも、弟は来たことがない。
麻美がフィギュア付きの菓子を買いでもしたのだろうと思った。何となくそのままフィギュアをポケットに入れると、玄関の鍵を開けた。
「おかえりなさい」と麻美の声がした。
「あれ、全部捨てるの?」
「そう、もうすぐ不燃物の日だから」
「まだ少し先じゃない?」
彼はジャケットを脱ぎながら聞くと、テーブルに置かれた郵便物をチェックしはじめた。
「部屋の模様替えをしようと思って、いろいろ整理してたからついでにね」
麻美が台所から言った。
確かに居間のソファーや置物の位置が変わっている。
「居間の?」
「心配しなくても、あなたの部屋のものには触れてないから」と、麻美が笑う声がした。
以前、彼のCDや古い方のデッキが捨てられかけたことがあった。
施納は部屋を見回しながら、ソファーに転がっているティッシュが目に入った。色が目についた。それはどこかで見たものと同じ色だったからだ。
そのとき、家の電話が鳴った。施納は受話器を取り、返事をしかけたが、それを無視して向こうから声が聞こえた。
『アサミッテ、オマエガオモッテモミナイホド、トンデモナイミニクイオンナナンダヨ、シッテルカ?』
何かの機械を通したような人工的な声がそう言う。
「もしもし?」
電話の向うの声が、ギャハハハとぞっとするような笑い声をたてたかと思うと、ぶつっと切れた。あまりに突然の異様なことに、施納は受話器を耳にあてたまま呆然としていたが、じっとこちらを見る麻美の視線に気付いた。
「間違い電話みたいだ」
彼はあわててそう言うと、電話を置いた。
「今日も残業だった?」と、麻美が聞くが、彼は動揺を隠すのに懸命で、適当に相づちをうった。
そのとき、ソファーに転がっているティッシュについて思い出した。前島が持っていたティッシュだった。会社の廊下で落としたものが同じ色をしていた。さきほどの謎の電話のせいだ。彼の中で疑惑が広がっていく。
「麻美、少しは上達してる?えーと、ビーズとかいうの」
「がんばってるよー。今日も、ほら、いつも一緒に習ってる尾田さんと教室行ってたから、昼までずっとビーズと格闘」と、麻美の笑う声が聞こえた。炒めものの音がし始めた。
施納は一気に不安めいた気分に襲われた。
『尾田ですが、麻美さん、明日のビーズ教室、1時からに変更に
なりましたのでよろしくね』
留守電にはそうあったのだ。また予定が変更になったのか、それとも妻はそれを聞いてなかったのだろうか。留守電が正しければ、麻美は嘘をついていることになる。彼はそれを確かめることをためらった。聞くことで、今のこの生活が崩れていきそうで怖かった。
施納は気分を切り替えるように、いつもの習慣でもあったが、ノートパソコンを開いた。いつものようにニュースを見る。が、そのときは、例の漫画ネットカフェで調べたブログのことを思い出し、メモしてあったアドレスを打ち込んだ。自分が書き込んだときから時間の経過とともに、他の書き込みも増えていたが、彼の書き込みに答えたものではなかった。
自分の書き込みを見ようと前に戻ると、フランケンから再び書き込まれていた。
『あんた、誰?』
彼が光起ではないことがばれていた。光起はフランケンとは、メールアドレスを教え合うほど親しかったのかもしれなかった。
彼は思いきって、自分は兄で弟が亡くなったので、彼のことを知りたがっていると書いた。すると、すぐにまた返事があった。フランケンはまるで、いつもネットにいるようだった。
『本当か?』
『フランケン』の名前の色が前は黒だったものが、色付きに変わっていた。その名前をクリックすると、自動的にメールソフトが立ち上がる。フランケンのメールアドレスが現れた。ただし、大手の無料で使えるアドレスだったが。
店員によると、電話してくるのは個室の予約のためだという。施納は真城光起という名前が、予約名簿に残っているのを確かめた。
死ぬ前までかなり頻繁にここへ来ていた。ほとんどネットをやっていたという。祖母が、これ以上彼が悪くなってはいけないと、携帯やパソコンを禁じていたせいだろう。
施納は、光起が最後に来たときに使った部屋を借りた。テレビと机、そしてパソコンが置いてあるだけの、部屋というよりむしろ狭いブースだ。彼はここに来ると、たいていは深夜から朝までいた。朝には無料サービスのモーニングを食べてから帰ったようだった。
施納はさっそくパソコンのメールを開けてみたり、インターネットの履歴を見たりした。様々な内容がバラバラにあり、メールにしてもどこかのホームページへの書き込みでも、すべて実名などない。もしかしたら真城光起という名前を見つけられるかもしれないという考えは、甘いものだったと悟った。
だが履歴は、ずいぶん前の日付けも残っていた。店員が最近はパソコンや携帯をみんな持ってるので、勉強部屋がわりに使われることが多くなっていて、必ずしもネットを見ているわけではないと言っていた。
施納は光起がやってきた日と時間をチェックし、その日のネットの履歴のアドレスを書き留めながら、片っ端から開いていった。もしかしたら何かわかるかもしれないと思ったからだ。しかし容易ではないのは確かだった。
16も年下の弟だ。33歳の施納には、弟がいったい何に関心があったかなど、まるで検討がつかなかった。
だが、履歴から開いたひとつのサイトが目に止まった。黒い背景に気味悪い写真が貼られている。制服姿の集合写真のそれぞれの顔の目のところは黒く隠されているが、それをよく見ると、非現実的に奇妙な顔が写っている写真だ。
図書館で女子高生が持っていた死体写真が思い浮かんだ。こういうものに興味を持つ若者は多いのかもしれないと思い、サイトをよく見ると、心霊系や超常現象など現実にはあり得ないようなものを扱っているらしかった。
リンクされているブログをのぞく。そこには嘘か本当か、様々な恐ろしい話を書き込んだもので溢れていた。その中のひとつに施納の目が止まる。
ネット上では誰もが何らかのニックネームや仮の名前を使っているが、『ランボー』というものを見つけたのだ。あの詩人の生涯の本と重なり、気になった。
『人を殺すには、どういう動機があると思う?』
『ランボー』は、そう問いかけていた。そこに、『もう存在してほしくないくらい憎いから』と答えている者がいた。名前欄には『フランケン』とある。メールとリンクはされてなかった。
それまでの書き込みの過去ログでも『ランボー』と『フランケン』での書き込みが度々あった。どれも具体的な生活を見せない、内面世界の問いかけだった。他のどの書き込みもまったく現実の生活感はなかった。
たいていの大人なら、こんなことに熱心になるより、その分勉強しろと言うだろう。施納にとってもほとんど無駄にさえ思える、理解しがたい世界だった。
だが、『ランボー』が気になった。これが光起であるかどうかを知る術はないか考え、試しにフランケン宛てに『おれの肩の入れ墨のこと、言ったっけ?』と打ち込んだ。そして、名前は『ランボー』とした。
それから10分ほどだっただろうか、施納が他の履歴サイトも確認して、またそのブログをのぞいたとき、彼の書いた下にもうレスと呼ばれる返信があった。
『ドクロのことだろう?』
と、『フランケン』が書き込んであった。そのため、施納はこの『ランボー』は光起だったのだと確信した。動悸が高まる。
そしてすぐに、『フランケン』宛てに、個人的に聞きたいことがあるので、メールアドレスを教えてほしいと書き込んだ。
しかし、それから1時間ほど定期的にのぞいたが、返信はなかった。『ランボー』がたずねるべきことではなく、『フランケン』が怪しんだのかもしれない。
彼は疲れて両目を押さえた。もうずっと画面を見ていたのだ。ため息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。
* *
マンションの隣の家の扉横には、相変わらず三輪車が置かれたままだった。だが、今日は施納の家の前にもいろいろ置かれている。彼はドアを開ける前に、それらをまじまじと見た。彼が用意しておいたものもまじっている。古い雑誌、互換性なくなった古いパソコンソフト、壊れたままのCDラジカセ、収納ボックスのようなもの、マット、電池、缶や瓶類、化粧品の空瓶などが見えた。
彼はその中にあったひとつの小さなものを拾いあげた。目の前にかざして見る。精巧に作られた鳥のフィギュアだ。
光起の部屋の本棚の前にも、こんな鳥やら動物がいろいろ置いてあったのを思い出し、瞬間、光起がここに来たのかと思ったが、来たことはないはずだった。それどころか、引っ越す前のところにも、弟は来たことがない。
麻美がフィギュア付きの菓子を買いでもしたのだろうと思った。何となくそのままフィギュアをポケットに入れると、玄関の鍵を開けた。
「おかえりなさい」と麻美の声がした。
「あれ、全部捨てるの?」
「そう、もうすぐ不燃物の日だから」
「まだ少し先じゃない?」
彼はジャケットを脱ぎながら聞くと、テーブルに置かれた郵便物をチェックしはじめた。
「部屋の模様替えをしようと思って、いろいろ整理してたからついでにね」
麻美が台所から言った。
確かに居間のソファーや置物の位置が変わっている。
「居間の?」
「心配しなくても、あなたの部屋のものには触れてないから」と、麻美が笑う声がした。
以前、彼のCDや古い方のデッキが捨てられかけたことがあった。
施納は部屋を見回しながら、ソファーに転がっているティッシュが目に入った。色が目についた。それはどこかで見たものと同じ色だったからだ。
そのとき、家の電話が鳴った。施納は受話器を取り、返事をしかけたが、それを無視して向こうから声が聞こえた。
『アサミッテ、オマエガオモッテモミナイホド、トンデモナイミニクイオンナナンダヨ、シッテルカ?』
何かの機械を通したような人工的な声がそう言う。
「もしもし?」
電話の向うの声が、ギャハハハとぞっとするような笑い声をたてたかと思うと、ぶつっと切れた。あまりに突然の異様なことに、施納は受話器を耳にあてたまま呆然としていたが、じっとこちらを見る麻美の視線に気付いた。
「間違い電話みたいだ」
彼はあわててそう言うと、電話を置いた。
「今日も残業だった?」と、麻美が聞くが、彼は動揺を隠すのに懸命で、適当に相づちをうった。
そのとき、ソファーに転がっているティッシュについて思い出した。前島が持っていたティッシュだった。会社の廊下で落としたものが同じ色をしていた。さきほどの謎の電話のせいだ。彼の中で疑惑が広がっていく。
「麻美、少しは上達してる?えーと、ビーズとかいうの」
「がんばってるよー。今日も、ほら、いつも一緒に習ってる尾田さんと教室行ってたから、昼までずっとビーズと格闘」と、麻美の笑う声が聞こえた。炒めものの音がし始めた。
施納は一気に不安めいた気分に襲われた。
『尾田ですが、麻美さん、明日のビーズ教室、1時からに変更に
なりましたのでよろしくね』
留守電にはそうあったのだ。また予定が変更になったのか、それとも妻はそれを聞いてなかったのだろうか。留守電が正しければ、麻美は嘘をついていることになる。彼はそれを確かめることをためらった。聞くことで、今のこの生活が崩れていきそうで怖かった。
施納は気分を切り替えるように、いつもの習慣でもあったが、ノートパソコンを開いた。いつものようにニュースを見る。が、そのときは、例の漫画ネットカフェで調べたブログのことを思い出し、メモしてあったアドレスを打ち込んだ。自分が書き込んだときから時間の経過とともに、他の書き込みも増えていたが、彼の書き込みに答えたものではなかった。
自分の書き込みを見ようと前に戻ると、フランケンから再び書き込まれていた。
『あんた、誰?』
彼が光起ではないことがばれていた。光起はフランケンとは、メールアドレスを教え合うほど親しかったのかもしれなかった。
彼は思いきって、自分は兄で弟が亡くなったので、彼のことを知りたがっていると書いた。すると、すぐにまた返事があった。フランケンはまるで、いつもネットにいるようだった。
『本当か?』
『フランケン』の名前の色が前は黒だったものが、色付きに変わっていた。その名前をクリックすると、自動的にメールソフトが立ち上がる。フランケンのメールアドレスが現れた。ただし、大手の無料で使えるアドレスだったが。
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