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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

コール<10>
 裕美は気味が悪そうにあたりを見回しながら、急ぎ足で階段へ向かった。階下で携帯電話の音が鳴るのが聞こえたと思うと、50代くらいの背広姿の男が急ぎ足で階段を上がってくる。こんな廃ビルに何の用があるのか、裕美はすれ違いざまに男が持つ鞄に目がいった。男はさらに上へ行く。
 裕美はそのまま階段を下りていたが、立ち止まると元来た方向へと駆け上がった。

「男が来た!」
 そう言って走りこんで来た裕美を、麻依たちがいっせいに振り返った。
「男が来た!上へ行ったから、もしかしたら!」
「そいつかも」と、館山。
「どんなやつ?」
森沢が裕美に聞いた。
「50代くらいのネクタイをした人」
「ふうん。行ってみる?」
「みるの?」と、森沢が千夏に嫌そうに言った。
「みんなで行けば大丈夫じゃないの、行ってみよ」
「ほんとにみるの?」
また森沢が嫌そうに言った。

 そのビルの6階は階下よりもっと古びた様子だ。あちらこちらの白く積もった埃が、人の気配を消し去っている。そのドアには落書きがされてあった。ペンキかスプレーか、書きなぐった文字からその液体が垂れた跡が残っている。
「もしかしてここだっけ?」
 ドアの前にいる5人の中で最初に口を開いたのは千夏だった。結局、裕美も気になっていっしょに来ている。
「あ、そうそう。時々ここに来てたよ」
「ええー、こんなきったないとこに?」と、千夏が森沢をからかった。
「当時は人が立ち退いたばっかで、けっこうこぎれいだったんだ。っつか、おれた
ち、まあヒマしてたし。今もけっこうヒマしてるんだけど」
森沢があっけらかんと笑った。さきほどの嫌そうな気分はすっかり忘れている。
「それはさぼってるっていうの」
「しっ」と、麻依が千夏に人差し指をたてながら、そのドアをそっと開けた。そこには先ほどの背広の男が立っていた。

 
「仕事を早退してきましてね」
 男は麻依たちに穏やかに話しかけた。刈谷朝斗の父親だと言った。
「早いもんですね。あれからもう10年か。息子が、朝斗がいたことも、今はなんだか夢の中のことのようです」
「本当にお気の毒なことで・・・」
「町田さん、でしたかね」と、刈谷が裕美を見た。「お子さんはいらっしゃいますか?」
「大学2年と高3の息子がいます」
「うまくいってますか?」
「まあ、それなりに・・」裕美は少し困り顔で微笑んだ。
「私は息子とうまく付き合えなかった」

 刈谷は仕事でパソコンを使うため、新しくパソコンを買い、使い方を覚えようと熱心だった。朝斗が居間に来たとき「ちゃんと勉強しろよ」と何気なく言った。
「おれを見るたび習慣みたく勉強しろっていうけど。ね、あんたはどうなの」無視しているいつもと違い、その日の朝斗は違った。刈谷のパソコンに顔を近づけると「毎晩毎晩やってるようだけど、進歩ないよね、フン」と、パソコン本を取り上げた。
「ちゃんと勉強してる?だから窓際へはずされんだよ」
そう言って、彼は本を破って放り捨てた。

「あの頃はケンカばかりでしたが、結局息子の言うとおりでした。私は副部長どまりで第一定年になって、給料減らされても、まだ会社にいます。どこにも行く場所がないんですよ」と、刈谷は自嘲気味に笑った。
「どこの家だって子供と全部うまくいくなんてないですよ。私は家政婦さんぐらいにしか思われてないだろうし。私ももう12年も同じことの繰り返し。『はい、ゆうゆうネットです。どうされましたか?』って。いろいろやりたいこともあったはずなのに」
「なんかあったかなあ。ね?」森沢も館山に聞いた。
「毎日ビル建築の見積もりや、資材、設計のこまごましたことに追われてると、悩む暇もない」
「それは仕事に満足してるから」と、麻依がぶっきらぼうに言った。
「あんたは不満足だったんだ」
「私はお客の要望にできるだけそおうと手をぬかずがんばったと思う。でもいくらがんばってもその分が報われるとは限らない。無理なこと言われて、怒鳴られて、上司は業績上げることしか考えてないし、部下は文句だけは一人前。みんな面倒なことは、全部私に押し付けよ」
「がんばりすぎだったんじゃないの?」
森沢がにやにやと言った。
「たぶん。ある日ふっと、このままでいいの?って自分の声がして、全部嫌になった」
「おれも不満はないわけじゃないけど、そういうもんだよ、仕事は」館山は当たり前のようにそう言う。「もう結婚もすることだし、やっていくしかない。限られた中で満足を得られるようにするよ」
「今度は人生の設計かー?」
「結婚なんてしない方がいいって。私はあんたの召し使いじゃないって言いたい」
森沢のベタなジョークに千夏が言った。
「あーあ、ヤンキー亭主じゃなあ」
「違うってんだよ!」
「あー、つくづく男運ないんだなあ」

「刈谷さん、メール来たでしょう?」
麻依が言った。
「普段はめったに使わないんですが…」と、刈谷は携帯を見せた。
「…知りたくはないか?刈谷朝斗がいた部屋に来ればわかる…」画面を見て、麻依が声にして読んだ。みんなが驚いたが、千夏が「えー、なんか違う」とつぶやいた。麻依もわかっている。
「メールの文が違ってる」
「えっ、朝斗がどうして死んだのか、この部屋にわかるもんがあるっての?」
「何か見つかりましたか?」
「それが、何も見当たらなかったんです」
館山の質問に刈谷が答えた。
「ってことはあ」
「もしかしておれら餌にくいついた?」
千夏と森沢はなんだかんだと言いながらも気が合う。
「おれたちを呼び出すためのね。で、のこのこ、みんなやってきたと」
「朝斗は事故じゃなかったんですか?」
「もちろん、私もそう思いたい。でもメールが気になる理由がある」
麻依が館山をじっと見た。
「そうでしょ?…どうして来たの?館山くん」
「なに?単なる仕事のついでだよ。興味ひくメールじゃないの?」
「あなたが、刈谷朝斗と仲が悪かったの知ってるんだけど。すごい言い合ってたこ
ともあるじゃない?」
麻依がそう言うと、館山の顔が歪んだ。
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