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なにげに

日々のいろんなけっこうどうでもイイことを更新中。 オリジナル小説は「みたいな」という別ブログに移動。

コール<8>
「あの」男は口を開いた。「みなさんもしかして、朝斗のこと知ってる・・・」

麻依たちは顔を見合わせた。
「刈谷朝斗の?・・・」
「父親です」と、男はお辞儀した。

その部屋はがらんとしていて、一部の窓にはベニヤ板が置いてあった。彼らは互いに自己紹介をした。
「仕事を早く切り上げましてね」
刈谷の父親という男は、手に鞄を持ったまま、あたりを見回した。
「早いもんですね。あれからもう10年・・・。息子が、朝斗がいたことも、なんだか今は夢の中のことのようにも思えます」

館山、千夏や森沢は部屋を見回していたが、裕美はドアの側で立っていた。
「町田さん、でしたかね」
「あ、はい」
裕美は刈谷に呼ばれて、あわてて返事をした。

「お子さんはいらっしゃいますか?」
「大学二年と高三の息子がいます」

「うまくいってますか?」
「まあ・・・」どうだろうと裕美は思った。

「私は息子とうまく付き合えなかった」

あるときのことを刈谷は語り出した。


刈谷がパソコンを買い、マニュアル本と見比べていたとき、朝斗が横切った。
『ちゃんと勉強しろよ』
彼は何げなく言った。が、息子は立ち止まると『おれを見るたび習慣みたく、勉強しろっていうけど、ね、あんたはどうなの』と腹立たし気に言った。

『毎晩毎晩、パソコン見てるけど、進歩してないよね』
朝斗はバカにしたようにそう言うと、彼のマニュアル本を取り上げた。
『ちゃんと勉強してる?だから窓際へはずされんだよ』と、その本を破って放り捨てた。
『朝斗!』
彼は立ち上がり拳を握りしめたが、朝斗はそのまま玄関へ行き、大きな音をたてて扉を閉めた。


裕美は刈谷の話をじっと聞いていたが、「うちだって、子供は私を家政婦さんぐらいにしか思ってないですよ」と、言った。

「結局、私は副部長どまりで第一定年になって、給料減らされても、まだ会社にいます。どこにも行く場所がないんです。朝斗が言ったことは正しかった」
刈谷は自嘲気味に笑う。
「誰も似たようなものじゃないでしょうか。私も12年、もう12年も同じことの繰り返し。“はい、ゆうゆうネットです。どうされましたか?”って。ほんとはいろいろやりたいこともあったはずなのに」

「なんかあったかなあ?」森沢もつぶやく。「ねえ?」と、館山を見た。
「毎日ビル建築の見積もりや、資材、設計のこまごましたことに追われてると、悩むヒマもない」
館山は肩をすくめた。
「それは仕事に満足してるから」と、麻依が言う。
「あんたは不満足だったんだ」
「私はお客の要望にできるだけ沿おうと、手を抜かず頑張ったと自分でも思う。でもいくら頑張ってもその分が報われるとは限らない。無理なこと言われて、怒鳴られて、上司は業績上げることしか考えてないし、部下は文句だけは一人前。みんな面倒なことは、全部私に押しつけだった」

「頑張り過ぎだったんじゃないの?」森沢がにやついて言った。
「たぶん。ある日ふっと、このままでいいの?って思ったら、すべてが嫌になった」

「そういう時期なんだから、麻依さん。まだ人生リセットできるじゃない」
裕美は大きくうなずいた。
「おれも不満はないわけじゃないけど、そういうもんだよ、仕事は。もう結婚もすることだし、やっていくしかない。限られた中で満足を得られるようにするよ」
館山はあっさりとそう言った。

「今度は人生の設計かぁー?」森沢はふざけて笑った。
「結婚なんてしない方がいいって。私はあんたの召し使いじゃないって言いたい!」
「あーあ、ヤンキー亭主じゃなぁ」
「違うってんだよ!」
「あーあ、つくづく男運ないんだなぁ」
森沢の言葉に千夏がむくれた。

「刈谷さん、メール来たでしょう?」
麻依が気になっていたことを聞いた。
「普段はめったに使わないんですが・・・」と、刈谷が携帯のメールを見せた。
「“知りたくはないか?刈谷朝斗がいた部屋に来ればわかる”・・・」麻依がそのメールを読むと、みんなが驚いた顔で、さきほどまでのふざけた空気はまったくなくなった。

「えー、なんか違う」と、千夏。
「メールの文が違ってる」と、麻依。
「朝斗がどうして死んだか、この部屋にわかるもんがあるっての?」
森沢がそう言うと、みんなが当りを見回した。

「何か見つかりましたか?」
館山が刈谷に聞いた。
「それが、何も見あたらないんですが」

「ってことはぁ」千夏が森沢を見た。
「もしかして、おれら餌に食いついた?」

「おれたちを呼び出すためのね。で、のこのこ、みんなやって来たと」
館山は大きく息をついた。

「あの・・・朝斗は事故じゃなかったんですか?」
刈谷はためらいがちである。
「私もそう思いたい。でも、メールが気になる理由がある。そうでしょ?・・・どうして来たの?館山くん」
麻依が言った。

「なに?単なる仕事のついでだよ。興味ひくメールじゃないの」館山は静かに笑顔だが、麻依は笑ってなかった。
「あなたが、刈谷朝斗と仲が悪かったのは知ってるんだけど。すごい言い合ってたこともあるじゃない?」

館山は笑顔を歪ませた。

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